寺社探訪

寺社探訪とコラム

「葬儀屋さんの病院業務」

以前、配達業務でとある大病院の防災センターを訪れた際、後ろから声をかけられました。振り返ると葬儀業界のフリーランス仲間がいて、業務としてこの病院に詰めているとのことでした。その後私は患者としてもこの病院に通うことになり、またそこで彼と会いました。私は自分の職業ですから何とも思いませんが、病院で葬儀社に出会うと不吉で嫌ですよね。いったい彼らは病院で何をしているのか? 今回はそこを解説したいと思います。

(※ 写真はフリー素材です)

白衣を着た葬儀社

当然のことですが、私が彼を見て葬儀関係者だとわかるのは、彼の顔を知っているからです。病院内でスーツ姿でいると結構浮いて見えるので、白衣を着ていることもあります。病院で白衣を着ていたら、病院関係者に見えますからね。病院で葬儀社が何をしているかというと、亡くなられた方や家族に対するサポート業務をしています。

病院で亡くなると、病室で看護師さんから簡単なエンゼルケア(顔や体を拭いたり、点滴跡を包帯で巻いたり)をしていただきます。この間遺族は別室で待つのですが、早ければこの段階で葬儀社が登場します。この後故人は自宅に帰ったり、斎場の霊安室に向かったりしますが、その寝台車の手配をどうするか相談します。家族が決めた葬儀社があれば、その葬儀社に連絡してもらい、寝台車はその葬儀社が手配します。決めた葬儀社がなければ、こちらで寝台車を手配します。その場合はその後の葬儀もほぼ受注できるので、葬儀社にとっては、これが病院業務を受けるメリットです。

エンゼルケアが済むと、短い時間ですが家族と対面していただきます。コロナ禍で対面が中止されているところもあります。その後霊安室に移動されて、そこで寝台車のお迎えを待ちます。お迎えが早ければ霊安室には入らず、そのまま寝台車に乗って出発します。この移動も葬儀社が行います。なるべく気配を消して業務に集中しますが、やはり濃いスーツの人が病棟内を歩いていると、他の患者さんたちは嫌がります。寝台車が到着すると、故人を乗せて出発するサポートをします。主治医や看護師さんが見送る場合もあります。病院的にはこの逝去→病院出発をできるだけスムーズに行いたいので、契約葬儀社を選定しています。葬儀社も院内ルールに基づいて遺族を促し、速やかに送り出すことが理想です。

 

何件落ちるか

遺族が葬儀社を決めておらず、自社で葬儀を請け負うことを、業界用語で「落ちる」と言います。嫌な言い方なのですが、悪気なく慣習的にこの言葉が使われています。「ご用命いただく」と言うと長いですし、業界用語は端的に内容がズバッと伝わることが大事なので、良き代用語が広まれば良いと思います。葬儀業界はひと昔前までは裏稼業というか、社会の忌み嫌われる部分を担う仕事ですので、荒っぽい方々も多かったのです。業界用語も少々不躾なものが結構あります。

さて、病院業務を引き受けるにはいくつかの条件をクリアしなくてはいけなくて、そのためにかかる費用は、葬儀を請け負うことで賄うことになります。かけた費用の元が取れるかは、何件「落ちる」かにかかっています。中には強引な営業をしてしまって、病院から出入り禁止にされる葬儀社もあります。ちなみに、葬儀業界にはこの「出入り禁止」も、日常茶飯事のように見受けられます。前回のコラムの住職殺害事件でも、被告の墓石会社が寺院から出入り禁止にされていました。寺院や葬儀社が遺族と繋がって仕事が発生し、そこに各業者が付帯しているので、業界全体がパワハラ体質になっているのです。

 

抽選で選ばれます

日本ではほとんどの方が病院で亡くなりますから、全ての葬儀社が病院の契約業者になりたがるかというと、そうではありません。前述の通り、病院の契約業者になるためにはいくつかの条件があるのです。例えば、葬儀社用の詰め所がある病院であれば、常時2名以上で詰めておく必要があったり、詰め所がない病院であれば、電話連絡から○○分以内に病院に2名以上で到着できる必要があったりします。中には病院近くにアパートを借りて、そこに泊まり込んで待機する葬儀社もあります。

私も若い頃に、勉強のために病院業務のお手伝いをしたことがあります。朝から葬儀社の事務所でコーヒー飲んでお菓子を食べながら、TVを見たり新聞を読んだりして時間を潰します。当然仕事中なので、社用車を洗ったり磨いたり、事務所の周辺を掃き掃除したり、葬儀の道具類を整備したり、封筒に社名スタンプを押したり。やれることをやりますが、毎日そんな感じなのでやることも無くなってきます。そして、いざ病院から電話が鳴ると、何をしていてもそっちのけにして、一目散で病院に向かいます。病院から故人を送り出すと、また事務所に戻ってコーヒー飲んで・・・という感じ。

つまり、病院業務を受けるには、人件費がほとんどですが、かなりのムダな経費がかかるのです。また、ずっと契約し続けられる場合もあれば、一定期間のみの場合もあります。年に2〜3回抽選をして葬儀社を決めて、その期間はその葬儀社が担当することが多いです。そのため葬儀業界では、病院業務を担当することを「○○病院が当たった、ハズレた」などと言います。即物的な言い方ですね。

 

収賄の温床

昔の葬儀業界では、病院業務専門の葬儀社が結構ありました。他に営業しなくても、病院対応しているだけで経営できてしまうんですね。そういった葬儀社を「病院業者」と言い、同じように「警察業者」と呼ばれる葬儀社もありました。当時でも100%「落ちる」訳ではなかったので、その確率を上げるために、医師や看護師に賄賂を贈って便宜を図ってもらったり、逆に賄賂を求められたりしていたようです。私が司会の仕事で携わった、とある病院の外科部長の家の葬儀で、葬儀社の担当者の献身的なサービスに感激した外科部長が「うちの病院に入るか?」と言い出しました。担当者から報告を受けた葬儀社の社長は、すぐさま菓子折り持って外科部長の家に挨拶に行きました。しかし、結局は想定以上の見返りを求められ、破断になりました。

例えば、自分の大切な家族を献身的に世話してくれた看護師さんには、その闘病が壮絶であればあるほど、感謝してもしきれないほどの感情を持つと思います。すると、その看護師が特定の葬儀社をやたらと推してきた、などという時代もありました。

 

新たなシステム

現在では、病院業務がそこまで「おいしい」仕事ではなくなっています。遺族側でもスマホ1台で簡単に情報収集や比較ができますから、「落ちる」確率が非常に低いのです。病院業務は「落ちる」からこそメリットがあるのです。「落ち」なければ赤字になるのでやらない方がマシです。贈賄する余裕なんてありません。アパートを借りずに待機できる事務所があったとしても、2名✕24時間✕数ヶ月体制で待機するのはかなりの費用になります。費用以上の効果が出るかどうかは神のみぞ知るというギャンブル的な業務では、事業として健全とは言えません。

先述の仲間も、契約期間中は病院近くのアパートで寝泊まりしながら待機していますが、今のところプラスにはなっているとのことでした。コロナ禍の影響で家族が自由に面会できないために、色々と気を使うことが増えたと言っていました。かつて「死体は商品」という暴露本を読んだことがありますが、病院も葬儀社もそんなこと言っていられなくて、赤字の心配がない業務になるように、新たなシステムに変わっていかなくてはいけないですね。