寺社探訪

寺社探訪とコラム

大鳥神社 (目黒区)

大鳥神社(目黒区)

名称・旧社格

大鳥神社と称します。旧社格は村社です。

創建

景行天皇の御代(71年~130年)に国常立尊を祀った社があり、日本武尊が東征の際に当社に祈願し、祈願成就の後に剣を奉納したそうです。日本武尊の没後その霊が白鳥となってこの地に舞い降り、鳥明神として祀られ、大同元年(806年)に社殿が完成しました。

御祭神

主祭神日本武尊(やまとたけるのみこと)、相殿神国常立尊(くにとこたちのみこと)、弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)をお祀りしています。

御神徳

大鳥神社の酉の市は江戸時代から続く大きなイベントで、熊手の縁起物が有名です。日本武尊が祈願の際に部下の目の病の回復を祈願したら、見事に回復したという伝説があり、目の病にご神徳があると言われています。

見どころ

境内の建立物は新しくても、長い歴史を持つ祈りの地ですので、歴史を噛み締めながらお参りできます。酉の市は江戸時代の地元の商人たちが、発祥の地とされる浅草から取り寄せて始まった古い歴史があります。

アクセス

東京都目黒区下目黒3-1-2

JR山手線「目黒」徒歩7分

 

探訪レポート

車の交通量が半端ない目黒通りと山手通りの交差点にあります。決して自然豊かだったり、空気が澄んでいたりはしませんが、神社はそんな環境でも心を鎮めて落ち着ける効果があります。

大鳥神社は全国にたくさんありますが、総本社は大阪府堺市大鳥大社です。日本武尊の東征や西征にまつわる信仰があり、酉の市が有名です。目黒の大鳥神社日本武尊主祭神とし、酉の市が年間行事の一大イベントとなっています。創建は古く、1200年以上の歴史がある目黒区最古の神社で、村の鎮守として人々の拠り所となってきました。

境内は広くはないのですが、スッキリとしているというか、モノがあまり無いので、広く感じます。こちら( ↑ )は手水舎です。当ブログのコラム「縄文時代の神」で書きましたが、そもそも現代のようなたくさんの建立物が並ぶ境内を持つ神社は、仏教が大陸から伝わって寺院が建立されたことに対抗して作られたものです。それ以前は、大木や大岩や森など、神や精霊が宿る神聖な場所を神聖な場所として扱っていただけで、そこを拝する拝殿のような場所がある程度で、現在のような本殿やら神楽殿やら狛犬やら灯籠やらの堂宇は、仏教寺院の影響なのです。

こちらは神楽殿です。この大鳥神社の創建は大同元年(806年)と古いのですが、それ以前にこの地には景行天皇の時代(71年〜130年)に国常立尊を祀った社があったという伝承があります。その社に日本武尊が東征の際に祈願をしたので、この地に大鳥神社として社殿などが建立されたということです。つまり、ここは約2000年の祈りの聖地としての伝承が残る地ということですね。

社殿はとても立派で、彫刻も見事です。主祭神日本武尊、相殿に国常立尊弟橘媛命祀っています。弟橘姫命は日本武尊の妃神です。拝殿の近くに小屋が立っていて、中にいた神職さんから「お参りご苦労さまです」と声をかけられました。御朱印や授与品を取り扱っている小屋みたいでした。本殿の右には櫛塚があり、また、大きな木が立っていました。

本殿の左側には石碑が並んていました。ほとんどが庚申塔のようです。青面金剛や三猿の石碑が並んでいました。

石碑エリアの奥は、境内社の目黒稲荷神社があります。境内社はこちらのみのようで、立派な社が作られています。稲荷社なので倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祀っていますが、おそらく他の境内社を合祀した歴史があって、素戔嗚尊(すさのおのみこと)と火産巣火神(ほむすびのかみ)と水速女命(みつはのめのみこと)が合祀されています。

葬儀式場を併設している天台宗の大聖院が隣にあり、桐ヶ谷斎場も近いので、葬儀業界的には割と馴染みのあるエリアです。周囲はうるさいですが、スッキリして静かな印象を受けました。例大祭や酉の市には大勢の方々が集まるのでしょうが、日頃は喧騒の中でも落ち着いて過ごせる場所です。

 

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