寺社探訪

寺社探訪とコラム

山+神「妙法ヶ岳 + 三峯神社」

紅葉のシーズンです。体力ゲージ1か2の山にしか登れないので、選びに選んで出掛けています。今回は妙法ヶ岳+三峯神社です。せっかくなので表参道から向かいます。更にせっかくなので妙法ヶ岳山頂(三峯神社奥宮)まで行く予定です。こちらが( ↑ )一之鳥居です。この近くの宿屋や飲食店が貸し駐車場をしていると聞きましたが、時間が早くて駐められそうになかったので、プラン2の大滝神庭交流広場の駐車場にやってまいりました。

紅葉時期の三峯神社は駐車場に入るために半端なく渋滞すると聞いていました。平日だし表参道なら駐車場も大丈夫だろうという甘い見込みですが、念のためかなり早め(8:00前)に到着しました。すると、大滝神庭交流広場の駐車場は、無人無車両状態でした。ここにはきれいなトイレがあります。

まずは、先程の一之鳥居から始まる表参道に合流するために大輪方面に向かいます。

落葉が登山道に積もっていて、所々ぬかるむほど濡れています。コンクリート舗装路の坂道は滑ってしまって登りにくかったです。

早速トレッキングポールを出して、安全歩行に努めます。使い出すとやめられないですね。登山道に沿って荒川の美しい渓谷が見られます。

三峯神社はここから3時間ほど歩いた先にあるそうですが、参道なので石碑が立っています。山間部の神社なので、数多くの講に支えられています。かつては講ごとに参拝記念や奉納記念に石碑を建てていました。かなり古くて読めないものも多いです。

舗装道路に合流し、緩やかな下り坂を進みます。

表参道の鳥居が見えてきました。道を間違えていますね。当たり前ですが、引き返すと下り坂は登り坂になります。

ここからが登山道に入ります。無駄に下って登って時間と体力をロスしてしまいました。このように登山道の入口には登山に関する注意書きがたくさん書かれていますが、自分がその注意喚起に適う者なのかはわかりません。

緩やかに登りながら、落ち葉の上を歩いていきます。ゆっくりゆっくり歩いていますが、いつものように人類皆無状態なので、熊よけの鈴を鳴らしながら進みます。

荒川に近いので沢がいくつもあって、橋がかかっています。中でもこちら( ↑ )の橋は歩くとたわみを感じるほど繊細で怖かったです。

清浄の滝に到着しました。ここに行きたいから表参道を選んだのですが、想像を遥かに超える秘境感でした。誰もいない、誰の声も聞こえない、滝の音に支配された空間がぽっかりと現れました。登山道から良き感じの川の流れが見えてきたなと思ったら、本当にぽっかりと出現します。

実は表参道の登山道に入ってから、約3時間後に三峯神社に到着するまで、人類に一切出会いませんでした。そんな独りだけの世界で、この滝と三連鳥居は圧倒的存在でした。

隣に東屋があったので、最初の休憩を取ることにしました。三峯神社を聖地として多くの人々がこの道を通ったのは、おそらく江戸時代あたりでしょうか。それ以前は行者の修行の地だったでしよう。今となっては、稀にしか人が訪れない秘境のようになっています。10分ほど過ごしましたが、誰も来ません。

講中三峰神社に奉納した記念碑です。壱千円と書かれています。千円でこの大きさの記念碑です。時代を感じますね。講の代表の方々が誇らしげにここを通過する姿が想像できます。

さて、つづら折りの坂を登り、かなり登ったところで薬師堂跡に到着しました。この薬師堂はどこかの寺院や神社の施設ではなくて、単独で薬師堂が建てられたようです。

ここにも東屋があり、2度目の休憩です。ここは三峰神社表参道ですが、江戸時代には当然ですが参道入口までも旅をしてたどり着くことになりますので、宿場や休憩所が途中に点在していました。ここもそのような場所だったようです。そして、旅人の病気や怪我の不安を拭うために、薬師堂が建立された訳です。

何度か建て直されたのか、コンクリートの基礎が見えますね。奥の方にひとつ小さな祠が置かれているのですが、中に御幣が置いてあったので、薬師堂の関係のものではなさそうです。

こちらは薬師堂があった宿泊施設が建てたものです。三峰施宿供養塔と言い、当時登山を許されなかった女性や、病気になった人、積雪で立ち往生した人などを、無償で宿泊させていたそうです。その人数が3000人を超えた記念に、明和9年(1772年)に建立されたそうです。六地蔵尊がいらっしゃるのは後付でしょうかね。

供養塔の下の方に崩れた屋根が今にも滑り落ちそうな感じでありました。なんの屋根なのかわかりません。

またつづら折りを登っていきます。三峰神社がかなりの標高に鎮座していることがわかります。まだまだ到着しません。

すると、民家らしき建物が現れました。見たところ、現在は利用されていないようです。2階建てで立派な家ですが、雨戸が全て閉じられ人の気配もありません。

1階の屋根の横を通過して、登山道を進みます。奥を見ると相当大きな家だとわかります。ただの個人宅という訳ではなかったのかもしれません。まぁ、個人宅としたら、ものすごい場所にありますね。

住宅を過ぎて登っていくと、もう一軒、更に立派な住宅がありました。こちらも人の気配はありません。ここにお住まいだった方は、三峰神社の関係者の方だったのでしょうか。ただ暮らすだけでも、相当大変だと思います。

住宅の周りには、このように石垣を組んで整地した跡が何ヶ所か見られました。集落があったということなのでしょうか。謎が深まります。

更に登ったところに今度は平屋の小屋がありました。こちらは反対側の壁が破損していて、その隙間から小屋の中が見えます。なんと申しますか、お化けが怖い人は見られないような感じです。そうでなくとも流石に気味が悪い。破れた障子がすごい雰囲気を出していました。

一旦、自動車が通れるような道と合流し、ここでまた登山道になります。三峰神社まで125m、目と鼻の先ですね。歩いていると、観光客の声が聞こえてきました。

ここが三峰神社側の表参道の終点です。表参道なのに、裏口感が満載です。着いた場所は、奥宮遥拝殿の横になります。本当に誰ともすれ違わず、人を見かけることもなく、人類皆無の数時間でした。秘境的な滝もあり、なかなか貴重な体験ができました。

三峰神社里宮(本宮?)については、個別にレポートさせていただきます。ここからは奥宮へ向かいます。1時間少々かけて、三峰神社境内をみっちり拝観しました。紅葉真っ只中ということもあり、平日なのに参拝の方々でかなり賑わっていました。奥宮参道入口の近くのベンチでお昼ごはんをいただきました。いつものコンビニおにぎりです。奥宮へは1時間ほどの登山とのことで、食べすぎないようにしました。

奥宮参道入口から、舗装道路を進みます。さすがにこちらは人類皆無ではなくて、三峰神社から奥宮へ参拝の方がポツポツ歩いていました。私の後ろに、二人組✕2組+ソロ✕1組いらっしゃったので、立ち止まってスマホをチェックする振りをして、先に登ってもらいます。私は遅いので後ろを歩かれるとプレッシャーを感じてしまいます。後ろに誰もいなくなったところで、立派な鳥居が現れて、登山道に突入です。

奥宮への登山道は毎日何人もの方がズラズラと歩いているのに、そんなところへ熊がやってきたということでしょうか、ここからは雲取山へのルートもありますので、そちらかも知れません。登山届の用紙やら諸々の注意書きなど、鳥居の周りに色々ありました。

登りはそれほどきつくなく、むしろ先程抜かしてもらった二人組✕2の方々に追いついてしまいそうになり、立ち止まって時間調整しながら登ります。プレッシャーをかけないように距離を取ってゆっくり登ります。

また鳥居が現れました。先程の、奥宮登山道に入って最初の鳥居が二之鳥居になるそうで、こちらは三ノ鳥居です。さすがに三峰神社なので、山の中なのに立派な鳥居です。

ここでも石を積む信仰が見られました。過去イチですごい積まれ方でした。この登山道は石が多くて、足をくねりまくりました。軽登山用ですが足首のホールドがしっかりした靴を履いているので平気でしたが、スニーカーで登っている方もいらっしゃるので、よくよく足元に注意が必要な道です。

そのうちにベンチが置かれた休憩ポイントがあり、前を歩いていた二人組✕2の方々が休憩したので、調子に乗って追い抜いてしまいました。そこから、登り坂が厳しくなったのか、プレッシャーが厳しくなったのかわかりませんが、すぐにバテてしまい、ハァハァとかなり辛い状態になりました。プライドも折れて、抜かした人に抜かされるという失態も覚悟しつつ登っていると、またベンチのある休憩ポイントに到着しました。ここで行動食をポリボリ食べて水分補給して、時間かけて休憩してますアピールをしましたが、二人組✕2の方々は私を抜く気がないのか、同様に休憩して立ち上がりません。仕方なく先へ進みます。

四之鳥居です。この前に東屋がありましたが、更に先へ進みます。バテて苦しくても、その苦しさはいつまでも続かず、クライマーズ・ハイのように体が慣れてしまうのか、また登れるようになります。壁を超える感覚です。この経験があるから、しんどくてもまた登山に行くのだなと思います。こんな低山で何言ってるの? とお思いでしょうが、こんな実力しかないのでご容赦ください。いつか身の程を超え、本当に後悔する日が来るかもしれません。

五之鳥居です。だんだん簡素になってきていますが、それでも立派です。頭を下げて通過します。この辺は登山道の雰囲気的に頂上に近いのがわかります。三之鳥居を過ぎてベンチのある尾根道に出たら、そこからはトレッキングポールは片付けて良いです。

足場を組んだ道が続きます。これがなかったら通れてない感じですが、昔はどうしていたのでしょう。特攻するには危険すぎますし、その時代時代の知恵があったのでしょうね。

最後の階段です。この階段、一段一段が高くて、腿がつりそうになりました。朝から歩きっぱなしなので、さもありなんとストレッチして登ります。のけ反るほどの角度です。

オーラスは鎖場です。短い区間ですが、鎖場はアドベンチャー感覚になれますね。ひとりなので怪我だけはしないように(何人でも同じですが)注意しつつ慎重に登ります。

奥宮へ到着しました。先客はいません。無事にここまで来れた感謝を日本武尊命と山犬様に告げ、下山もよろしくと難題を押し付けました。きれいだし、立派な奥宮です。昭和41年の改築記念碑が建っていましたが、その後も何度も手を入れている感じがあります。

奥宮の御朱印があるそうで、御朱印集めの方は嬉しいですね。奥宮の左側に秩父宮殿下の登山記念碑がありました。スポーツの宮様と呼ばれた所以ですね。というか、天皇陛下もですが、皇族方は山登り好きですよね。

改築記念碑の裏に建っていた石碑。もはや何だかわかりません。100年やそこらでこんなになりますかね。いつの時代のものなのでしょう。眷属のお犬様も形を失いつつあります。

さて、帰路はここから三峯神社へ来た道を戻り、三峯神社からはバスで大滝神庭交流広場の駐車場まで戻ります。奥宮を背に、後からやってきた還暦風のご夫婦が記念写真を撮っていました。旦那さんが足つったと言い、奥さんが冗談で馬鹿にしていました。私もつりました。と心の中で白状しつつ、そそくさと山頂を後にしました。

 

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