寺社探訪

寺社探訪とコラム

山+神「大嶽山 + 大嶽神社」

JR五日市線の終点、武蔵五日市駅から出発いたします。平日の朝でしたので、駅は人が多めです。通勤通学の人々と登山の人々が半々くらいで行き交っていました。ここから藤倉行のバスに乗ります。余裕こいてウロウロしていたら、一瞬で長蛇の行列になっていて焦りました。

行列の後ろの方に並んだのですが、なんとか座ることができました。乗客も通勤通学と登山が半々くらいです。通勤通学の方々は最初の数カ所のバス停で降りてしまい、登山の方々だけになりました。周囲の景色も山深くなっています。ポツポツ降りて残り10名ほど。大岳山は結構人気の高い山という認識です。私は登るのが遅いので、後ろからプレッシャーをかけられるとすぐにバテてしまいます。だからといって人類皆無の山を登るのは怖くなります。複数のグループで音を立てながら登って、野生動物に近づかないでとアピールしたい。10名程度なら、ちょうど良いですね。

白倉バス停で、ひとりバスを降りました。登山口には特大の庚申塔が建っています。さぁ、また人類皆無、独りぼっちの山行です。今回はYAMAPのルート情報に熊と遭遇した記録を書いている方がいて、そこが懸念のポイントでした。私は基本的にソロ登山なので、熊よけスプレーを携帯したいと常々思っているのですが、結構高くてズルズルと未購入のままです。熊よけ対策は鈴のみです。熊に遭遇しても、おそらく登りでバテバテの私は何もできません。熊が興奮していたら終わりです。熊が興奮していなければ、じっとして去るのを待ちます。撃退した人の話をネットで見ますが、私はバテて大声も出ず、手も足も動かないと思います。

この石碑は庚申塔道祖神ではなくて、二十三夜塔です。月待という日本の民間信仰で、特定の月齢の日に講中で集まって、飲食をして月を拝しお経を唱えて悪霊を払うという儀式です。二十三夜塔の後ろにチラ見しているのは百番供養塔と言います。これは西国三十三観音、坂東三十三観音秩父三十四観音を全て巡礼した記念に建てる塔です。奥の神社は地主神的に土地の人が建てたのだと思います。

11月中旬なので、まだ紅葉が残っているところもあって、画角を絞れば良い写真が撮れます。

バス停から舗装路を歩いて程なく、集落の奥、民家の敷地に寄り添うように大嶽神社が現れました。おそらく、管理されている方の敷地に遷座したのかなと思います。山に入る前ですので、安全に登れるようにしっかりと祈念します。

手水舎も使用可能です。沢が近いので、自然の水が流れる仕組みなのだと思います。両手を清めて境内に進みます。

本殿は扉が開いていました。開けっ放しではないでしょうから、今朝開けられたと思われます。お祀りされているのは、大国主命少彦名命日本武尊命と、山岳信仰によくあるパターンの組み合わせに、広国押武金日天皇(ひろくにおしたけかなひのすめらみこと)と源家康朝臣をお祀りしています。広国押武金日天皇とは、第27代天皇安閑天皇のことです。安閑天皇が何をしたという特別なことはないのですが、神仏習合の時代に蔵王権現と同一視されるということがあり、蔵王権現を祀っていた神社が明治維新神仏分離令後に、安閑天皇を祭神としたという例が数多くあります。当ブログで紹介した武蔵御嶽神社がそうですね。

本殿の正面にあるこちらは何の建物かよくわかりまなせん。ちなみに御祭神の源家康朝臣というのは、徳川家康のことです。昔は姓(かばね)や氏(うじ)や名字や諱(いみな)などに位階を組み合わせて名前にしていたのです。徳川家康なら、従一位徳川次郎三郎源朝臣家康というのが正式な名称でした。

境内社があります。何をお祀りしているのかわかりませんが、眷属がお犬様なので、日本武尊命かもしれません。隣の石碑は二十三夜塔です。その左は青面金剛なのかなと思いますが、定かではありません。

お犬様が可愛すぎます。頭が大きいので、子犬感が可愛さを増幅させます。なんとなく憂いも匂わせて、人の心を鷲掴みにします。

左の木に、皇太子殿下ご成婚記念植樹と書かれていましたので、今上天皇雅子様のご成婚ですね。しめ縄を張って、ご神木風になっています。日本神話の神々を祀る神社なので、天皇家は神の系譜として成婚や即位には記念植樹や石碑の建立がなされるのですね。

大嶽神社の創建は西暦111年となっていますから、かなりの古社です。尾根続きにある武蔵御嶽神社は紀元前の創建なので、この辺りの山は2000年に渡って続く祈りの山ということですね。

さて、大嶽神社を出て山の方へ進みます。舗装道路をそのまま真っすぐ行くと大岳山、左の山道に入っても大岳山という道案内が出てきました。ここは、せっかくなので山道に入りましょう。

緩やかで歩きやすい登山道です。高尾山のように登山道が人で溢れて通行規制されるレベルでは困りますが、誰もいないというのは不安を募らせます。

山の中に鳥居がありました。大嶽神社の鳥居です。鳥居の左側に大きな庚申塔が建っています。右側には大嶽神社と書かれた石灯籠がありました。森の中に突如現れる鳥居は、神秘的な印象を受けます。

鳥居の足元に一丁目の杭が建っていました。ここを起点に山頂付近の奥宮に向けて二丁目、三丁目と進んでいくのだと思われます。

鳥居をくぐって登り坂を歩いていくと、舗装道路に出ました。先程の分岐を真っすぐ進んでいたら、ここで合流したのでしょう。斜め前にまた登山道がありますので、そこへ進んで行きます。

しばらく緩やかな登りを歩きます。すると、左手にお地蔵様の祠がありました。この先に熊出没ゾーンがありますので、安全を祈念します。今回だけでなく、だいたい山の入口には熊に注意との看板があります。日付入りで目撃情報や被害情報などが貼られていることもあります。

お地蔵様の祠の隣には、大山祇大神の石祠がありました。山の神様にも安全を祈念します。熊と遭遇することが無いようにと祈りますが、いつかは出会うのだろうとは思います。

緩やかな登りで、そこまでしんどくはありません。段々とキツくなっていくと思われます。いつもは歩き始めて1時間くらいで1度休憩を入れるのですが、おそらく1時間後あたりに熊遭遇ポイントを通過すると思うので、今回は尾根に出るまで休憩なしで頑張ります。

登りが急になってきましました。さすがに熊よけ鈴しか持ってないのに、熊遭遇ポイントで休憩していて熊に襲われたら、日本中の方から馬鹿だと言われる事態になります。イメージ的にはササッと通過したいです。

十丁目と書かれています。これ、頂上までの間に何丁目まであるのかわからないので、ちっとも目安になりません。まさかと思いながら少し期待していたので、十丁目がゴールではなくて残念でした。

登り続けていると森の景色の隙間に、眺望の良い場所が見えるようになりました。かなり登ってきた証拠ですね。結構な曇り空で、遠くの眺望は期待できないですが、景色が見えると気持ち良いですね。

落ち葉で登山道が見えないほど積もっています。この先に17丁目と19丁目の杭を見つけました。全部で何丁目まであるのでしょうか。

勾配がさらに急になります。休憩なしなので疲れますが、ゆっくり登っていきます。ある程度は混雑しない日や場所を狙っていますが、今回も人類皆無の登山となっています。軽登山って結構流行っていると思うのですが、不思議だなぁと思っていると、下山してきたご年配の男性とすれ違いました。行く先から人が歩いてきたというだけで安心しますね。

さて、最初の目的の尾根道に到着しました。登山道に入ってから1時間40〜50分ほど歩きました。尾根道に出るとホッとします。疲れましたが、もう少し歩くと休憩できる場所があるので、そこまで向かいます。

ベンチがあり、眺望が開けた場所に到着しました。リュックを下ろして最初の休憩を取ります。ベンチに座って足をプランプランさせると気持ちいいです。

眺望は、晴れているのですが、雲とガスが多くて遠くまで見渡せるという感じではありません。汗が冷えると空気が冷たくて寒くなります。もう紅葉シーズンも終わりますので、これからは奥多摩の軽登山は気持ちの良いシーズンに入りますね。

尾根道を歩いていると祠がありました。なんの神様をお祀りしているのかはわかりません。陽が射して気持ちの良い尾根道です。

分岐点があり、分岐点に道の神様、猿田彦大神の石碑が建っていました。先程の祠と関係あるのでしょうか。ここから大岳山の山頂まではいくつかルートがあるようですが、どれもそれなりに厳しいそうです。

32丁目になってますね。どこまでにいくつあるのかがわからないので、もはや何の手がかりにもなりませんが、最短コースの直登ルートを進みます。

上りがキツくなってきました。ここで、後ろからチリンチリンと熊よけ鈴の音がしました。私は遅いので後ろに付かれるとプレッシャーでバテてしまうという情けない面がありまして、気にしないでマイペースと心に念じて登りました。最後の方は岩場もあってハードな感じでしたが、追われて一生懸命でしたので写真がありません。ホントに直登という感じで、木に頭をぶつけてしまいました。後でYAMAPを見ると皆さんぶつけるみたいで、頭上注意と書かれていました。

大岳山1266mの山頂に到着しました。南西側が開けていて、山頂に付いた感があります。奥多摩の軽登山は木々に覆われた山頂が多いので、大岳山は魅力的ですよ。私が到着したときに5〜6名の方が山頂で過ごしていました。

少し早いですが、ここでお昼ごはんにします。できれば眺望の開けた場所でご飯食べたいですからね。いつものコンビニおにぎりですが、美味しくいただきました。

残念ながら雲が多くて遠くまでは見渡せませんが、気持ちの晴れる良い天気です。続々と山頂に到着していて、最終的には15人ほどになりました。休日だったらこの倍くらいになるのでしょうね。山頂はそこそこ広いので、30人ぐらいなら皆さん座って過ごせるかなと思います。

雲の向こう側にやっと富士山が見えました。と言っても、ほとんど肉眼で確認できないレベル。偶然撮れていました。今回は御岳山ケーブル駅まで歩きます。早めに出発しているので時間は気にしていませんが、そろそろ出発します。山頂は遮るものがなくて陽射しがキツく、帽子が必要だなと思いました。

結構な岩場です。大嶽神社奥宮方面に向かっていますが、これ、こちらからの登頂ルートもかなりきつそうです。とにかく滑らないように、慎重に下りていきます。

さて、奥宮に到着しました。山頂から来たので本当は裏側から到着していますが、例によって正面からレポートしていきます。まず入口に鳥居があります。鳥居をくぐると境内に真っすぐ参道が伸びています。参道は石段を上がって行く感じで、まさに「Stairway to heaven」という雰囲気です。

参道脇にはなんだかわからない石碑もあります。大昔から行者や民衆が信仰の対象とした山の神様ですので、その二千年の歴史の1番新しいページに、私がお参りして歴史を繋ぐという壮大な空想をしながらお参りに向かいます。

拝殿は左半分が青いトタンになっています。中国の方ももちろんいらっしゃいましたが、欧米の方々もいらっしゃいました。外国の方にどのように映るのかわかりませんが、結構神妙な表情をしていらしたので、この領域の特別感に触れて、日本人の大切にしてきたものが、説明抜きで伝わるのではないかと期待しました。

しかし、お犬様がキュート過ぎますね。ドラクエ11のムンババに似ています。日本武尊命とお犬様の伝説は奥多摩秩父の広い範囲で信仰されています。先日訪れた三峯神社や、本日これから向かう武蔵御嶽神社はその代表格ですが、山中の小さな祠や社にも多く見られます。私は犬を飼ったことがないのが人生の悔いとしてあって、たまにですが保護犬活動に寄付しています。

拝殿の扉の左右に大口真神様の御札が貼られていました。武蔵御嶽神社の御札はよく見ますが、大嶽神社の御札もあるのですね。若干デザインが違っています。大口真神様は日本武尊命の東征の際に、この奥多摩秩父エリアの山中で道案内をしたニホンオオカミです。日本武尊命に命じられ「大口真神」となってこの地域の守護神となったという伝説による信仰です。武蔵御嶽神社には愛犬のお祓いもできる大口真神遙拝所があります。

拝殿の後ろに立派な本殿がありました。ここまで立派だと、拝殿のトタンを何とかしたいという気になりますね。もしかしたらこのトタンにも歴史の1ページを刻むストーリーがあるのかもしれませんが。

本殿の横に小さな境内社がありました。土台の石垣は古そうですが、お社は新しそうです。紙垂を一つひとつビニール袋で包まれていて、信仰の素晴らしさを感じます。

その手前にしめ縄を結んだ石があります。イワクラと言うには小さいです。大嶽神社奥宮は、想像以上に神社の形でした。古い信仰の場ですし、山そのものが信仰の対象という縄文時代の雰囲気があるかなと思いましたが、きっちり日本神話の神社でしたね。

こちらは有名な大嶽山荘です。2008年に閉鎖されています。三峯神社表参道の薬師堂跡地と同じで、交通の発達で利用が無くなるというのは宿命なのかもしれませんが、どこか寂しいです。ここにはトイレがあって、この日も多くの人々が利用していました。ここを逃すとなかなかトイレはありませんからね。山荘は閉鎖されていますが、トイレを管理されている方がいらっしゃるそうです。有り難いことです。隣にはヘリポートもあって、ここが登山をする人々にとって拠点であることはまだしばらくは変わらないですね。

さて、先へ進みましょうと歩き出すと、結構な岩場ゾーンに突入しましました。年齢と運動不足で足腰が固くなっていくと、こういう場所が怖くなります。必要以上に体が山側に傾いていき、バランスが崩れて余計に危ない。両手も使って慎重に進みます。かなり豪快に下っていきます。ルート的に鍋割山と奥の院峰と御嶽山の山頂を通るので、あまり下るとまた登り返すのが面倒で嫌になります。平行に進んでいきたいところ。

とはいえ、鎖場の連続でガンガン下っていきます。70代に見受けられる方も多くの歩いていますので、怖いとか言ってられません。今回は久しぶりに軍手しました。いつもリュックに入れているのですが、写真を撮るのにいちいち外すのが面倒で、あまり軍手はしません。

などと調子に乗って下っていると、分岐点に到着しました。道、間違えていますね。前回の三峯神社表参道でも学びましたが、下り坂は引き返すと登り坂になります。先程追い抜いた団体さんとすれ違い、皆さん不思議な目で学習しないアホを見ていました。

これを見逃しました。今見ればわかりやすい。

これ、左に行かなくてはいけなかったのです。まっすぐ行ってしまいますよね。まあ、道案内板もあって、言い訳できないのですが。

気持ちの良い尾根道になりました。不安視していた登り返しも大したことはありません。呑気に歩いていると、後ろからザッザッという物音と、激しい息遣いが近づいてきます。来たか!こんなところで!と振り返ると、トレイルランナーでした。いつもの感想ですが、同じ身体の機能を持つと思えないです。肺が他の人より多いんじゃないでしょうか。

という訳で、鍋割山1082mに到着しました。山頂となっていますが、誰もいなくて淋しい場所でした。腰を下ろして休憩という気分でもなく、しばらく突っ立っていました。

眺望はこんな感じで、木々に阻まれて景色はよくありません。次は奥の院峰に向かいます。

この鍋割山からの下りが、なかなかの薄暗さ(写真は自動調光機能で明るいですが)で怖かったです。特に( ↑ )のような隈笹が両側に密生している登山道は、藪の中から野生生物が飛び出してきそうで怖いです。

さて、巻き道との分岐です。奥の院峰は当ブログの「山+神企画」でも訪れていますが、山頂を見た感じ、男具那社から登る以外に道など無さそうでした。地図的には奥の院の裏側から山頂に行けるようで、せっかくだからその道を選択しました。

道というか、崖ですね。両手両足を使って登ります。本当の崖を登っているクライマーの方々はこんなの子どもの玩具にもならないレベルだと思いますが、良い歳をして子どもの玩具で大満足で遊べました。楽しかったです。

奥の院峰1077mの山頂には、武蔵御嶽神社奥の院があります。山頂には50代くらいの女性二人組がいらっしゃって、到着したばかりの様子。大きな声で騒いでいました。そこへ武蔵御嶽神社奥の院の社の裏から現れた私は、おそらく神の化身に見えたと思います。奥の院はこの石の祠ですが、大嶽神社奥宮と比べるとあまりに簡素です。それでも紙垂や御幣が残っていますので、人の手できちんとお守りされているのがわかります。

こちらを奥の院だと思われる方もいらっしゎるでしょうが、こちらは男具那社と言います。お祀りされているのは日本武尊命です。伝説によると日本武尊命がこの地に武具を奉納したから、武蔵国と呼ばれるようになったとのこと。武蔵国の名の謂れに関しては伝説がそこかしこにあるのでよくわかりません。ともあれ、紀元前から始まる武蔵御嶽神社の信仰の原点がこの場所であることには変わりなさそうです。

御岳山(武蔵御嶽神社)に向かいます。途中に1カ所鎖場があります。ここを年配者でも通れるかどうかとご年配グループの方々に聞かれたことがあります。たぶん、日頃から山登りしている方なら問題ないと思います。武蔵御嶽神社に参拝ついでに奥の院まで行こうかしらという発想はよくわかります。1時間もかかりませんので、楽しいハイキングですね。

ただ、御岳山と言えばこの、根っこ丸出しの登山道ですから、それなりの靴でないとしんどいです。これ、いつも思いますが、グリム童話なら歩き出す感じの木です。

ここは、私がとても好きな場所です。奥の院への分岐点にある鳥居で、左の大きな木が「天狗の腰掛け杉」と呼ばれているご神木です。ここがなぜ好きかと言うと、光の加減でとても神秘的な空間になっているからです。これ、裏側から見るとそうでもないんですよ。でもこちらから見ると山の中の特別な空間という雰囲気を感じます。この私の感覚を伝えたいと写真を撮りまくっていたら、登山客の夫婦が「なになに? あぁ、天狗のあれかぁ?」と言ってましたが、違うんだよなぁ。この空間美、わっかんないかなぁ。

さて、武蔵御嶽神社に到着です。ここは何度か当ブログでもご紹介しています。ブログを開設する以前からここは好きな神社として、時折お参りに訪れていました。

神社の説明は過去の記事をご覧いただき、今回は武蔵御嶽神社と紅葉をご覧ください。奥多摩の紅葉シーズンはほぼ終わっていましたが、それでも参拝客が美しい自然の紅にカメラを向けていました。

そういえば、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で畠山重忠が登場したこともあって、宝物殿では大々的にポスターを掲げていました。やはりNHK大河ドラマってすごい影響力ありますね。武蔵御嶽神社の宝物殿には畠山重忠が奉納した国宝の鎧が展示されています。東京は首都だから国宝もたくさんありそうですが、あるのは上野の博物館の中で、他の地域に保存されている国宝って結構少ないのです。そんな貴重な国宝がこの武蔵御嶽神社にあるので、是非お越しの方はご覧ください。平安時代に創られた美しい鎧です。

さすがは武蔵御嶽神社という感じで、たくさんの犬たちが飼い主さんと一緒に参拝していました。フレブルやらゴールデンやら柴やら秋田やら雑種やら、洋犬も和犬も等しく大口真神様にお参りです。それにしても大きなゴールデンレトリバーでした。

武蔵御嶽神社蔵王権現を祀る、神仏習合修験道の聖地という側面もあります。明治維新までは御嶽蔵王権現と名乗っていました。そんな訳で今でも本殿に蔵王権現が祀られています。そして、本殿の横に蔵王権現のお触拝所として、大きな多角形の木が建っていたのですが、今回その木が無くなっていました。御嶽神社蔵王権現と縁を切ったのでしょうか? 授与品のお渡し所に巫女さんがいらっしゃったので聞いてみようかと思いましたが、あまり素人が深入りして面倒をかけるのもね。知ったところで私の知識欲が満たされるだけですし、いずれわかる日が来るでしょう。

帰りは、ケーブルカーを利用しました。満席で座れませんできたが、山と神社が賑わうことは喜ばしいことです。今回は頼まれていたお土産があり、いくつかお土産店を巡りました。私は記念品やお土産を買わない性分なので、御岳山のお土産屋さんを初めて見て回りましたが、未だに懐かしいお土産用の刀とか売ってました。

ケーブルカー滝本駅からは御岳駅までバスで移動です。満員で掴まる場所にも苦労する感じだったのですが、運転手さんがイライラしている様子で、運転がめちゃくちゃ荒かったです。クレーム来るんじゃないかという勢いで急発進急ブレーキで運転していました。疲れた足で踏ん張るのが大変でした。

御岳駅に着くと、次の電車まで時間があったので、御岳渓谷に降りてみました。紅葉は今ひとつでしたが、画角を絞ればそれなりの写真になります。日本の観光地に中国人旅行者が目立つようになって久しいですが、中国人の写真の撮り方って特徴ありますよね。御岳渓谷でカップルが紅葉をバックに写真を撮っていましたが、すぐに中国人カップルだとわかりました。きっと彼らから見ると、日本人の写真の撮り方って特徴あるよねぇと思われていることでしょう。