寺社探訪

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真言宗智山派 総持寺

真言宗智山派 総持寺 目次

名称・寺格

田無山 総持寺 と称します。寺格は特にありません。

創建

元和年間(1615-1624年)に、法印権大僧都栄和尚が谷戸(田無の地名)に法界山西光寺として創建。明治維新後、近隣の密蔵院、観音寺と合併し田無山総持寺と改名しました。

本尊

大日如来

不動明王

ご利益

別名「田無不動尊」と呼ばれ、不動尊信仰ですので厄除けなどのご利益が顕著なのだと思われます。

みどころ

立派な山門があります。駅近くなのに境内は静けさを感じる佇まいです。

アクセス

東京都西東京市田無町3-8-12

西武新宿線「田無」徒歩5分

探訪レポート

曹洞宗の本山が総持寺という名称なので、なんとなく「じゃない方」の寺院として認識されがちな田無市総持寺です。駅から歩いて程なくという立地ですが、整然としていて、心を鎮める空気感があります。入口を入ってすぐ左に平和観音像が墓石のように建っています。こちらは戦没者慰霊塔となっています。この慰霊塔は、先の大戦田無市空爆を受けたことで、被災者たちが慰霊のシンボルとして、爆心地だった駅前に建立したものだそうです。1992年、駅前の都市開発のためにこの総持寺の境内へ移転となりました。

「無我」と書かれた大きな石碑です。こちらは第64代真言宗智山派管長(総本山智積院化主)の小峰順誉猊下の筆なのですが、この方が総持寺の住職だったそうです。この寺院は宗派の管長を排出している寺院なんですね。僧侶の世界では寺も人も格が重要視されますから、総持寺は宗派の長を排出するような格の寺院ということです。そういえば、この総持寺は3つの寺院が合併して出来たのですが、元となった寺院はそれぞれ練馬の三宝寺の末寺でした。三宝寺の住職は小峰一允猊下で、同じく真言宗智山派の管長を務められました。親子か親戚でしょうね。

立派な山門です。不動尊の提灯が下がった仁王門となっています。阿行吽行の金剛力士像が安置されています。仁王門の裏側(境内的には内側)には広目天多聞天の二天が安置されています。四天王のうち二天を安置しているのですが、二天といえば浅草寺の二天門を連想します。浅草寺の二天は増長天持国天という組み合わせで、違う宗派とは言え、チョイスに基準とかあるのかなぁと不思議に感じました。

境内にある大きな欅の木があります。こちらは、総持寺の前身である西光寺の嘉永3年(1980年)の本堂再建を記念して、植樹された欅の木だそうです。見る感じ、もっと樹齢がありそうな立派な木です。

右の托鉢姿が弘法大師像です。左に座っているのが興教大師像です。興教大師覚鑁(こうぎょうだいしかくばん)は平安時代の僧で、真言宗の中興の祖であり、新義真言宗の開祖です。真言宗もたくさんの宗派に分派していますが、高野山金剛峯寺を本山とする高野山真言宗に対して、新しい教義の真言宗という意味で新義真言宗の開祖とされたのが興教大師です。富と権力の集まる場所って、どうしてもそれに溺れたり執着したりして本道を見失い腐敗していく流れが生じてしまいます。荘園制度によって大寺院は富と権力を得ていくのですが、腐敗した高野山を立て直そうとしたのが興教大師です。結局は対立する僧たちに襲撃されて高野山を追われるのですが、追われた先(根来寺)で新しい真言宗を模索し、興教大師の死後、根来寺を中心として新義真言宗が発展していきます。豊臣秀吉に攻められて根来寺は壊滅するのですが、京都へ逃れた者が智積院を本山とする真言宗智山派となり、奈良に逃れた者が長谷寺を中心とする真言宗豊山派となり、興教大師の新義真言宗の教義を継承していきました。徳川家の世になって、根来寺も復活したので、今となってはそれぞれバラバラなのですが、各宗派にとって興教大師は弘法大師に次ぐ開祖のような存在なのです。

調べてみると、本尊は大日如来となっているようですが、本堂には本尊は不動明王と書かれています。本堂の扉は閉じられていて、どちらが正しいのかわかりませんが、どちらも真言宗寺院では象徴的な仏像ですので、私はあまり気になりませんでした。この時本堂を見て私が気になったのは、端っこの窓が釣り鐘のような形になっていて、こういう本堂の窓って、割とよく見かけるけど何か意味があるのかなぁ、などと考えていました。着眼のセンスが変ですみません。本堂の扉の前には不動明王真言が書かれていました。葬儀業界で長年仕事をしていると、読経で読まれるいろんな真言や陀羅尼経を意味もわからず丸暗記してしまいます。私は本堂に手を合わせても祈願をほとんどしないので、今回は心内で不動明王真言を3回お唱えしました。

こちらは妙見堂です。妙見菩薩をご安置しているから妙見堂ということです。妙見信仰は結構変わっていて、掴み所がないというか、不思議な感じです。菩薩と名が付いていますが、性質的には大黒天や弁財天のような天部に所属する、仏教の守護神としての神のような性質を持っています。天部の神々は仏教以前にインドにあったバラモン教などの神々が仏教と習合したのですが、妙見菩薩は中国で発祥し、菩薩信仰が中国の道教や星宿思想と習合し、日本に渡って密教神道陰陽道と習合したものです。千葉氏の氏神として祀られ、星宿思想による北斗七星に対する信仰があったので、平将門伝説にも絡ませるような伝承もあります。神仏習合というか、思想と信仰の集合体のような菩薩という名の天部の神で、見た目もバラバラで定まっていませんが、多くの寺院や神社でお祀りされています。

こちらは大日堂です。と言っても、実際にほぼ葬儀式場として使用されている多目的ホールという感じだと思います。私が葬儀業界に入った頃はよく利用されていて、何度も行ったことがあるのですが、ここ10年くらいは私の仕事エリアが変わったこともあって、現在の様子はよくわかりません。10年前くらいの記憶を頼りに評すると、駐車場もあって駅からも近くて良いのですが、建物も内装も古くて・・・という印象です。寺院式場によくあるのですが、お金をかけて超立派に建設されたのはいいが、その後はそのまま維持管理するのみで、いつの間にか時代に合わない古い式場になっています。総持寺大日堂に限らず、寺院式場は本当にこのパターンが多いです。葬儀社の式場がいろんなアイデアとサービスをお金をかけて更新しているので、余計に需要が減っていくという感じです。それでも檀家は使ってくれるだろうから、それでいいのかも知れませんが。

コンクリート造のモダンな鐘楼ですが、こちらも年代を感じるモダンですね。屋根と柱のバランスが恐ろしいですが、問題ないからこうなっているのでしょう。

さて、暑い日中に訪れたのですが、境内には不思議な静寂というか涼やかな空気を感じました。東京の市部の町って、久々に訪れると、嘘みたいに駅周辺の建物が変わってしまっていることを発見しますよね。開発の仕方が地方都市と比べて大胆でダイナミックです。そんな開発の中でも変わらない姿で、総持寺と田無神社が並んでいるのが、田無の素敵なところだななどと感じました