寺社探訪

寺社探訪とコラム

「住職殺害事件と葬送業界のゆくえ」

足立区の源証寺で、墓石業者が住職を殺害するというショッキングな事件がありました。動機やら犯行の詳細については裁判で明らかになると思いますが、強い殺意を持って、荒っぽく犯行に及んでいます。

目次

ヒエラルキー

例外はあると思いますが、業界ヒエラルキーから見ると、寺院と墓石業者の関係は圧倒的に寺院が上です。寺院墓地の所有者は寺院です。寺院は檀家に墓地の使用権を売って、墓石業者はそこに建てる墓石を販売します。大抵の場合、墓石の建立はその寺院の指定業者に限るといった制限があります。一社専属だったり、複数の墓石業者が契約していたりします。ですから、墓石会社にとっては寺院から指定業者にしてもらわないと、墓石が販売できないという訳なのです。墓石業者の選択権は、檀家(お客様)ではなく、寺院が握っているのです。

この指定業者の地位を得るために、墓石業者は寺院に様々なサービスを働きかけます。まずは墓地の使用権の販売を代行します。檀家の墓地だけでなく、新規墓地の造成から販売まで代行します。たくさん墓地を販売してくれたら、寺院は儲かるし檀家も増えて最高です。逆にあまり売れずに墓地の造成費が賄えなくなると寺院は困ります。墓石業者は指定業者になっても、常に寺院から査定を受けている感じです。今回の事件も、その墓地販売のトラブルから起こっています。

私の知っている墓石業者さんも、寺院主催の団体旅行に添乗員のように同行したり、住職の家族の記念日をお祝いしたり、様々な努力をして指定業者の地位を守っています。もっと具体的に寺院の設備を充実させたり、様々な寄贈や現金などが贈られることもあると思います。寺院にとってはたくさんある墓石会社の中から指定するので、結局は(清濁合わせた意味で)寺院を大事にしてくれる業者を選ぶことになるでしょう。

 

葬送の希薄化

失われた30年とも言われる経済低迷を背景に超高齢化社会が形成され、葬儀業界では家族葬や直送、寺院では離檀や墓じまい、墓石業界では納骨堂の流行という現象が起こりました。更にコロナ禍がこの現象に拍車をかけて、倒産や廃業が相次ぐ事態となっています。現代の市民感覚では、今までのように葬儀にお金をかけられないし、今までのようにお布施も払えないし、新たな墓地も必要ないんですね。私自身、葬儀業界にいて、価格が高すぎると常々思います。前回のコラムにも書きましたが、ちゃんとお葬式をしたくても、高すぎてできないという状況だと思います。せめてやれることをやろうとしたら、通夜式は無しで、家族だけで、食事も返礼品も無しで、となっていってしまいます。特に僧侶は一般市民と同じ金銭感覚を持つことが難しいので、金銭トラブルから離檀されてしまうことが増えるのではないかと思います。以前とある喪主が「このお経、時給50万円だぞ。そんな仕事あるか?」と言っていました。消費者感覚で見ると、葬儀代もお布施も、どうしてこんなに高いのか? となってしまいます。

景気低迷にコロナ禍が重なって、葬送業界はこれまでと一変してしまいました。故人を手厚く送ることが、ちゃんとお葬式をすることではなくなってしまいました。人々の経済力に応じて葬送が希薄化していく変化は、本当はゆっくりと徐々に進んでいくはずだったのです。葬送業界もその流れを理解して、それなりの対策は取っていました。あえて家族葬や直送にターゲットを絞ったり、希薄化に備えて運営コストを下げたり、低予算でも手厚く送れる葬送方式を考え出したり、試行錯誤している段階だったと思います。

 

起死回生の永代供養納骨堂

そんな中で寺院と墓石業者がタッグを組んで起死回生の手段となっているのが、永代供養の納骨堂です。今までの宗派は問わず、誰でも入ることができ、契約時のみの支払いで、以降管理費はかからないというもの。樹木やモニュメントを建てて、そこに多くの方のお骨を埋葬するタイプのお墓です。これは後継ぎのいない人々や、離れて暮らすサラリーマン家庭、親族に世話をかけたくない一人暮らしの人々の需要を捉えました。この誰でも入れて管理費不要の納骨堂は爆発的に広まって、赤字運営から息を吹き返した寺院はたくさんあると思います。有名なのが築地本願寺です。億単位の赤字運営だった築地本願寺の納骨堂には希望者が殺到して、一気に経営の再建を果たしました。運営難の寺院だけでなく、多数の檀家を抱える楽々運営の寺院でも、檀家からの要望が強くて仕方なく永代供養の納骨堂を建設したというのを聞きました。とにかくやったもん勝ちのような勢いで、一気に永代供養の納骨堂が増えました。

 

急激な進化と終焉

その新しいタイプの納骨堂は、非常にスタイリッシュでアヴァンギャルドで、これまでのお墓の「四角の石を積んだもの」というイメージを覆す格好良いものです。そうなるとそこから少し富裕層へもターゲットが広がって、樹木葬などの合同納骨タイプではない、個別の墓石が建てられるが、宗派不問で管理費不要というようなお墓も登場するようになりました。こうなるとアイデア勝負です。様々に需要を読んで商品を開発し、ヒット作を出すと墓苑プロデューサーのような肩書きがついて、建築士やデザイナーを使って、区画そのものを総合的に創造してしまうようになってきます。一攫千金のネタを寺院に売り込んで、win✕2で儲けましょうと住職を口説きます。今回の事件の原因となった墓地も、源証寺の境内の一角にステンドグラスを使ったお洒落墓石を展開した「足立セメタリーパーク」を総合プロデュースする計画だったようです。

今年の夏、私の家のポストにも、近隣の小さな寺院が墓苑プロデュースで名を馳せている会社と共同で、新しいスタイリッシュでアヴァンギャルドな墓地を販売するというチラシが入っていました。私にはこのムーヴメントが、いつか終わるバブルの終焉を知りつつ、最終列車までに駆け込み乗車しようと目を剥いているようにも見えます。もしかしたら源証寺の事件は、終わりの始まりなのかもしれません。過剰投資や不良債権に押し潰される寺院や墓石業者が増えてくるかも知れません。運命の最終列車はいつ出発するのか。

(※  写真はフリー素材です)

ここからは余談ですが、実は私は現在入院中で、病室で執筆しています。病院には生老病死が身近にあって、生きようとする人たちがたくさん集まっています。カーテンに囲まれた景色のない空間で、一日中悶々と生死を思ってベッドに座っていると、仏陀のように解脱してしまうのではないかと思われます。有史以来、人が亡くなったら、その生き様にどのような方法で始末をつけるのか? ただそれだけのことを人類は何万年もずっと模索してきました。私たちが選んだ今の葬送の在り方が、30年続く不景気によって大きく変化しようとしています。人は誰でも亡くなります。その魂はいかにとなるか。

 

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