寺社探訪

寺社探訪とコラム

五色不動尊巡礼「目青不動尊」

目青不動尊

住所:東京都世田谷区太子堂1-15-1

名称:天台宗 竹園山 教学院 最勝寺

創建:応長元年(1311年)

本尊:阿弥陀如来

三軒茶屋からほど近い最勝寺目青不動尊)です。この寺院は応長元年(1311年)に玄応和尚によって江戸の紅葉山に創建されました。太田道灌江戸城を築城するのに、紅葉山が城内にあたるため、最勝寺は移転することとなりました。最勝寺の移転跡地には、現在赤坂(永田町)にある日枝神社が建立されたそうです。江戸城の守護のためですが、最勝寺江戸城の守護では都合が悪かったのでしょうか? 創建に関しては玄応和尚が最勝寺を建立したのは慶長9年(1604年)という説もあり、定かではありません。鎌倉時代と江戸時代じゃ全然違いますよね。いずれにせよ、その後数度の移転を繰り返し、最勝寺は明治42-44年(1909-1911年)に現在地に移転したそうです。

境内に入ると、長い駐車場と左側に建物があります。寺務所なんだか何なんだかわかりませんが、仏教的施設ではなく、最勝寺が管理している建物のようです。住居っぽい感じもしました。隣にも建物があって、庫裡があるような寺院の玄関的な建物に見受けられます。訪れたときは境内にお参りしている方が1人だけいました。

ここがおそらく立地上、本堂になると思います。本堂の本尊は恵心僧都源信)作の阿弥陀如来と伝えられています。かなり広い墓地がありますので、それなりの数の檀家を抱えていると推察されますが、見た感じこの本堂の扉が開くことがあるのかと思うほど、「使われていない感」に満ちていました。

最勝寺明治15年には青山にあって、青山の閻魔様と呼ばれていたそうです。その頃麻布谷(現・六本木1丁目付近)にあった勧行寺が廃寺になり、本尊の不動明王秘仏)と前立の不動明王最勝寺に移されたそうです。それが五色不動尊のひとつ目青不動尊と呼ばれていて、慈覚大師円仁の作と伝えられています。おそらく青山にあった頃使用していた「閻王殿」という扁額がかかっていますが、こちらは勧行寺から移設した不動堂です。扉が開かれ、観光客がお参りできるようになっていました。中央の扁額には「不動明王」、左側にも扁額があって「元三大師」と書かれていました。おそらくかつて寺内の何処かの堂宇に掲げられていた扁額を一緒に掲げているのかなと思います。地元の方と思われる方が、ドカドカと早足でやってきて、不動堂にお参りすると、また早足で去っていきました。

五色不動尊のひとつで、結構檀家も多そうな寺院なのに、寂しいほどの静けさに包まれていました。恵心僧都源信、慈覚大師円仁、慈慧大師(元三大師)良源と、天台宗のスター僧侶たちが勢揃いで縁の寺院とのことです。三軒茶屋の駅チカに、誰でも立ち寄れるこんな静かな場所があるのは貴重だと思いますが、だからといってここで何時間も過ごせるほど居心地が良いわけではありません。ササッと来てササッと足早に去るのが良いのでしょう。