寺社探訪

寺社探訪とコラム

「共病文庫 ②」

「生・老・病・死」は「四苦」と言って、仏教では人生を代表する苦しみとされています。

内科医と外科医から違う手術の説明を受け、戸惑っていたところ、やりたい手術を考えて来いと帰されてしまいました。

 

黒い妄想

翌月手術の予定が無くなり、考える時間として2ヶ月間も与えられました。とりあえず医学部を受験しようかと思いましたが、2ヶ月では如何ともし難い。そこで、私の病気を発見してくれた近所のクリニックの先生に相談しました。言うなれば「私のコトー先生」です。「内科医と外科医の間で話が進んで、あなたに知らされず置いていかれてしまって、急に違う話になって告げられた」というのが真相ではないかとのこと。大学病院では内科医と外科医は常に綿密にカンファレンスしているものだから、心配は要らないよと仰っていました。それにこの臓器は切除してしまうと再生しないから、温存できるなら温存した方が良いということと、それでも、今と比べたら状況は良くなるから、やる意義はあるとのことでした。時間もあるし、他の大学病院のセカンドオピニオン外来に行くと良いと教えてくれました。

セカンドオピニオン外来は、私には敷居が高くて受けられませんでした。その時私が感じていた真相はこうでした。内科医は切除手術の方針だが、外科医は低侵襲の手術が良いとの考えで、あまり話し合われず、もしくは噛み合わないまま、検査入院を迎えて、ドレーンを通す直前に外科医が内科医にステント入れてと頼み、内科医が急遽私に告げた。退院後、外来で外科医が低侵襲の手術の説明をしたら、患者に内科医の話と違っていると言われたので、手術を延期した。ということじゃないかと思います。

そして妄想は膨らみます。私の里見先生と私の財前先生はふたりともこの病院の准教授で、次期教授を狙う立場にいます。本院から赴任してきたばかりの里見先生に対し、財前先生が仕掛けた先制攻撃なのかなとも思いました。「おい財前、なぜ手術が延期になったんだ?」「里見にステント入れてと頼んだのは、低侵襲手術をするからで、君は同意してステント入れたじゃないか?」「いや、それは財前が次の手術のために必要だと言うから」「里見、君は患者に間違えてステント入れましたと説明できるのか?」「いや、それは……」「じゃあ、低侵襲手術をしようじゃないか、どこに問題があるんだ」という妄想。

 

ジャッジメント・デイ

そして運命の外来の日がやってきました。手術延期と上記の疑惑のために、とても気まずい感じでした。気まずかろうと、しっかり話さないといけません。場合によっては全てを拒否して病院を移る覚悟もしていました。

まず内科からですが、里見先生は臓器を温存する低侵襲の手術では意図が違ってしまうので、切除手術でいきます。とのことでした。あくまでもがんの可能性を打ち消すことが大目標で、その方針を貫いていました。私はずっと診察を受けてきた里見先生の方針がブレてなくて安心しました。

つきましてはステントを抜きますので、また4日間入院してくださいとのこと。私の妄想が信憑性を増してきました。里見先生も財前先生も、常にカンファレンスしているから心配ないと仰ったコトー先生に謝ってほしい展開です。

ここで、不信感を我慢できないなら病院を替えるべきだし、この病院に命を預けるなら、言わなくていいことを言って関係性を悪くしたくない。病院を背負う立場で間違えてましたとか勘違いしてましたなどと言える訳ないのですが、「このステント、ムダに入ってたってことですよね?」と聞いてみました。里見先生は笑いながら、「さあ、どうでしょう?」と答えました。この先生との付き合いも5年目になります。

 

信じられぬと嘆くよりも

私の父は62歳で亡くなっています。父が亡くなって2年後に、叔父も62歳で亡くなりました。一人暮らしで不摂生な私はきっともっと早く、60歳になれずに死ぬのかなとぼんやり思っています。そんな私に「あなたには、10年後も20年後も人生があるんです」と、思いも寄らないことを言ってくれたのが里見先生です。先生が転勤になった時も、私は病院を移って着いていきました。さすがにムダにステント入れましたとは言えなくても、まあいいやって思えてしまいます。

次に外科の外来に行きました。今度は内科と意思疎通がちゃんとできている感じでしたが、財前先生はちょっと不本意で、低侵襲手術の方が良いのになぁ……と思っているようでした。手術の説明を受けましたが、ゴタゴタを無かったことにするためか、ロボット支援手術という一段ランクアップした手術になりました。私は金八先生の「贈る言葉」の「信じられぬと嘆くよりも、人を信じて傷つく方がいい」という方針なので、とりあえず和やかに話ができたことが良かったです。

 

喜劇

そして4日間の検査入院の日が来ました。この入院ではステントを抜くことの他に、肺がんの検査をすることになっています。実は前回の検査入院で撮ったCTの画像で、肺に影が写っていると言われました。数カ月後にもう一度同じ場所のCTを撮って、その影が残っていたり大きくなっていたら、肺がんの可能性が高いということになるそうで、その検査がこの入院初日に行われます。がんにならないための手術をする直前に、肺がんになってしまうなんて、私はそこまでユーモラスではありません。しかし、病気になるまではヘビースモーカーだったし、亡くなった父も叔父も肺の病気だったので、根拠はアリアリなのです。心の準備をして、初めての呼吸器内科を受診です。

結果はCTに写っていた影が消えているとのことでした。良かった。父と叔父のこともあって信憑性が高かったので、肺がんの疑いがあることは母親に言えず黙っていました。初日に今回の入院最大の用事を済ませた気分でしたが、2日目にまたベッドにベルトでガチガチに固定され、ステントを抜き、今度は分泌液を調べるためにドレーンを通すという当初の目的を実行しました。良かった良かった。なのですが、検査で鼻の管から分泌液を何回か抜いたのですが、圧力をかけて抜くのでお腹が痛くて困りました。

 

迫りくる感覚

翌日は手術に向けての説明を受けに行きました。スタッフさんに連れられて手術室の手前までやってきましたが、映画やドラマと違って、現実という説得力に怯えてしまいます。

大きな手術を受けるには、患者側でも努力しなくちゃダメなんだと教えられました。消費者感覚でお任せよろしくとはいかないのですね。まず歯科医と面談して、歯のチェックを受けました。人工呼吸器を挿管する時に、歯が折れて血だらけになったりすると困るので、歯磨きの回数を増やして、口腔内を良い状態に保ってくださいと言われました。次に看護師さんから呼吸の練習をするように言われました。息を吸えば玉が浮く器具を渡され、3秒浮かして固定✕90回を毎日するように言われました。手術の心構えと説明ビデオを見ました。また、自分に合った保湿剤を試して用意しておくようにとのことでした。だんだんその時が近づいているという気持ちになります。

 

(※ 写真はフリー素材です)