寺社探訪

寺社探訪とコラム

「温座秘法陀羅尼会に行く」

仏教では仏様ごとに縁日があったり、寺院の記念日を縁日にしたりすることがあります。1月はその年で初めての縁日を迎えるので、それぞれ「初閻魔」とか「初不動」など、最初の縁日を「初〇〇」と称して、特に盛大に行うことがあります。1月18日は初観音になりますので、観音菩薩を祀る多くの寺院で「初観音」の特別な行事が行われています。

東京の観音様といえば浅草寺が有名です。浅草寺では初観音の日に合わせて「温座秘法陀羅尼会(おんざひほうだらにえ)」という行事が行われています。名前だけでは一体何の行事だがわかりません。浅草寺の本尊である観音様を供養するための「観音秘密供養法」という修法を行うのですが、秘密の法なので本堂の内陣の右側のスペースに幕を張ってその中で行われます。1月12日の朝6時から始まって、昼夜途切れず1月18日の初観音の日まで行います。途切れず座がいつも温かいので温座、隠して行うので秘法、陀羅尼というのは真言で読まれるお経のことで、真言宗天台宗曹洞宗でよく読まれます。

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浅草に着いたのは16時半すぎです。歩いていると中国語やポルトガル語や東南アジアの言葉など、世界の言語が聞こえてきます。さて、本堂に到着して温座秘法陀羅尼会を勤修しているところを見ますと、ちょうど幕が挙げられているところでした。幕の内側では同じ黄土色の袈裟を着た僧侶が10名ほどいて、何やらモゾモゾしていました。本堂正面の内陣もいつもとは違っていて、両側に芳名札付きの花籠が左右に合計20基ほど並んでいました。花籠に挟まれるように中央に御札がずらりと並んでいました。この特別な御札は1基3万円でお授けされるそうです。

観音秘密供養法というのを12日から168座続けて勤修するそうで、その最後の1座が18日の17時から行われるとのこと。浅草寺の本堂は天井まである柵で、内陣側と外側が区切られています。内陣の右側に幕が開けられた勤修エリアがあるのですが、その正面には一般の信徒さんが座っている様子。内陣正面にも椅子席が設けられていました。柵の内側で座っている方々はおそらく20名程度で、やはり特別な立場の方々なのでしょう。貴族でもない私は、柵の外から覗き見ているのですが、勤修しているスペースの正面には御札の受付所があって見えません。見学できるのは御札の受付所と賽銭箱の間のスペースで、横に8人分ほど並べる隙間しかありません。そこに50人ほどの見学者が集まって、中で行われる最後の1座を見守っている感じです。私もその中に入って見学していましたが、僧侶たちがモゾモゾしているだけで、何も始まりません。

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その狭い見学スペースはお賽銭箱の横になるのですが、パンパンと柏手を打つ方があまりに多くて驚きました。20秒に一度くらい柏手の音が聞こえてきます。心を込めて真剣に柏手を打っているのでそれでも良いのでしょうが、フランス料理店で真面目な顔して箸で食事するような違和感があります。ちなみに浅草寺は何宗かというと、聖観音宗という浅草寺を本山とする宗派なのです。1950年に聖観音宗として独立する前は天台宗だったので天台系の教義に近いと思いますが、そもそも浅草寺が開創されたのは最澄の誕生よりずっと古いので、観音信仰の寺院というのが一番しっくり来る感じです。

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さて、17時になり読経が始まりました。節のある読経が思いの外小さな声で聞こえてきます。最後の1座を公開する理由は、僧侶だけでなく衆生の皆さんにも結縁の場を提供するということのようです。それならもっと見やすく聞こえやすくしてほしいと思いました。見えなくても、その場で参加することに意義があるのでしょうが、何をしているのか見えた方が気持ちも入るというものです。人の頭と頭と柱の隙間から覗き見るに、法具を使って作法をしていたりと、密教のような仕草も見えました。背の低い方はまず見えないのですが、手を合わせている方々が結構いらっしゃいました。30分程でお経が終わり、法被を着た世話人と思しき方々が数名、見学スペースの人員整理をし始めました。その頃には本堂内の柵の外で見学している人が200人以上はいたと思います。世話人さんたちは鬼の通り道を作るために、見学者に下がってもらうように声をかけていました。私は仕事上、様々な寺院の世話人さん達と接するので、世話人になるような人がどのような素性の方なのか大体わかります。中におひとりかなり短気な年配の方がいて、こういう人いるよなぁと、世話人あるあるを閃かせていました。

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私は17時10分前あたりからこの覗き見スペースにいましたが、そもそも金網や柱があって見にくい上に群衆の頭と頭の間から覗くので、あまり何をしているのかわからない感じでした。ただ鬼が歩く伝統行事を見学するだけなら、17時45分頃に来ても大丈夫ですね。僧侶たちの読経の声を聞いて、観音様との結縁の場で手を合わせて過ごしたいなら、17時頃に来ていると良いです。

読経が終わってから30分ほどモゾモゾが続いて、18時頃にいきなり堂内の明かりが一気に消えて、ガンガンガン・・・と鐘が連打されました。これはイリュージョンのようで、ロウソクの火もたくさんあったのに、どうやって一気に消えたのか、とても不思議です。すると、堂内から炎が見えて、隈取をして麻縄を頭に巻いた鬼が松明を掲げて現れました。

鬼たちは想像以上に移動速度が早く、あっという間に外へ行ってしまいました。私も急いで遠巻きに外へ出ると、写真を撮りたい人のためのサービスタイムが設けられていました。世話人のみなさんが見物客を誘導したり、鬼の進む道を手持ち提灯で照らしたりしていました。

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鬼は常香炉の方へ向かっていきます。世話人の方々が鬼をしている僧侶に指示を出していたのが、予想外で興味深かったです。おそらく鬼役の僧侶は浅草寺に住み込みで働いている若手の僧侶で、世話人さん達の方が行事の進行について知り尽くしているからなのでしょう。

鬼は松明を地面に叩きつけながら進んでいきます。まずは常香炉へ向かい、三周まわります。叩きつけられた松明は火の粉を撒いて散らばります。その灰を縁起物として拾って持ち帰ると良いようです。明かりが消されて真っ暗な中、皆さん鬼の通った後に落ちた灰を拾っていました。

まだ赤く火が灯っている状態でも、慣れた人は缶を用意していて、サラッと拾っていました。紙の上に拾おうという人が多かったですが、それだと火が完全に消えるまで待たなければなりません。

大勢の人が取り囲む中を、鬼は宝蔵門へ向かいます。皆さんスマホで撮影しています。もっとアップで撮った写真もあるのですが、暗い中動くのでブレブレなのです。ここでも柱の周りを三周します。「鬼が三周しますので、3回まわってから、灰を拾ってくださいね」と若い世話人の方々が見物客に呼びかけます。すると、先程の短気な年配の世話人さんの「3回まわってからにしろよーっ」という怒鳴り声が聞こえてきました。少々気まずくなりましたが、若い世話人の方が「はい、ここから銭塚に行きますから、道を開けてくださーい」と、場の空気を変えます。

本堂の横を通って西境内の奥の銭塚地蔵堂の方へ向かいます。スマホで動画撮影や灰を拾うことに大変な一般衆生たちは、移動速度の早い鬼にやや置いていかれています。

本堂の裏の少し広い場所に着いて、一般衆生が遅れていることに気付いた若い世話人さんが、鬼に「ここで少し止まって叩きましょうか」と声をかけます。

銭塚地蔵堂に到着しました。ここで掘っていた穴に松明を突っ込んで終了となります。この行事には魑魅魍魎や餓鬼(亡者)に対して供物を施す施餓鬼(亡者送り)の意味もあって、この穴の中には施されたお餅が入っているそうです。ここで、年配の世話人さんが、浅草寺のカメラマンを担当している方に「ここで止まるかい?」と聞いたのですが、カメラマンは知らぬ顔をしています。「てめえ、ここで止まるかって聞いてんだよ。ウンとかスンとか言いやがれこの野郎っ」と、予想通りの雄叫びが。すると鬼役の僧侶が間に入ります。自分が今どんな顔でどんな格好をしてるのかもさて置いて、「止まりましょう、ここで止まりましょう、ははは・・」と鬼は止まってポーズを取ります。カメラマンも世話人さんも、浅草寺にとって大切な人なのでしょう。もう、誰が鬼だかわからない感じです。

しばらく撮影会状態になって、「はい、終わり終わりー」と世話人さんが声をかけて、一連の儀式は終了になりました。見学者としては自由度が高くて面白かったですが、浅草寺が昼夜ぶっ通しで1週間かけた大切な行事のフィナーレとして見ると、もう少しちゃんとした方が良いと思いました。僧の読経と作法の部分は、やはり貴族の方だけでなく、一般衆生に見えたり聞こえたりするようにしてほしいです。皆さん1週間かけて積まれた功徳に触れたい気持ちで、見えなくても聞こえなくても合掌していたのだと思います。鬼の行進も、鬼の進路をロープを張るなりして確保して見物人と隔離したら、世話人さんたちが見物人を注意しまくる事態が減り、儀式として荘厳さが増すと思います。ロープを取って開放してから灰を拾うようにすれば、火傷もしなくて良いかなと思いました。私ごときが浅草寺の行事に意見するのもおこがましいのですが、素直な感想です。

儀式が終わって皆さんバラバラに散らばり、私も帰ろうかと歩いていると、本堂の裏の階段に人だかりがありました。なんと、まだ撮影会が続いていました。なんか、プロ野球のヒーローインタビューのような扱いです。鬼ってそういうものなの? と自問しながら、この伝統行事をどう消化して良いのか思いを馳せますが、ただただ不思議で興味深い行事でした。何日も隠された中で勤修し、最後に火の粉を撒くところから、なんとなく奈良東大寺二月堂で行われる修二会(お水取り)のような雰囲気を想像していました。やはり僧たちが観音秘密供養法なるものを勤修している様子を、もっとちゃんと見たかったなぁと思いました。

浅草寺東大寺よりも歴史が長く、1年を通して様々な伝統行事が行われています。ちなみに12月18日の1年最後の観音様の縁日には、羽子板の露店が並ぶ歳の市が開かれるそうです。なにはともあれ、スマホ片手に群がる私たち衆生のお世話をしていただいた浅草寺世話人の方々には、厚く厚く御礼申し上げたいです。

 

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