寺社探訪

寺社探訪とコラム

山+神「子ノ山+子ノ権現」

西武秩父線吾野駅」で降りました。今回の目的地である子ノ権現を含むルートは、隣の西吾野駅東吾野駅からも組むことができます。私が吾野駅を選んだのは、私の寺社探訪師匠というか、日頃色々と情報をいただく方から「ぜひ東郷公園(秩父御嶽神社)に行くと良い」とのアドバイスをいただいたからです。駅前に秩父御嶽神社の石碑が建っています。

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駅から歩いていると法光寺という寺院の横に梵鐘が置かれていて、宮城県名取市東禅寺という寺院が東日本大震災で被災し、復興までの間お預かりしていますとのことです。大切にされているのは良いことですが、10年経って復興に至らない現実も厳しいですね。

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と思い、何でも調べてみる癖があるので、後でネットで調べてみたら、名取市東禅寺は本堂や境内を復活させて、2018年に梵鐘は東禅寺に戻っているとのこと。鐘楼堂はまだ無いようですが、写真(↑↑)同様にパイプ組をんで吊るしてある写真と記事がありました。では、この法光寺の横にあるのは何ですか?

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西武秩父線の線路と山の間、フェンス沿いの道を進みます。ここはまだ電車が通っていて駅も近いですが、山間部にポツンと10〜20件ほどの集落が現れることがあります。そこで暮らす方々は一体何の仕事をしているのか、というのをいつも思います。みんな農家なのですかね。

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線路沿いをしばらく歩くと山道に入りますが、この山道はすぐに終わってしまいます。
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山道を抜けて集落を歩くとすぐに神社がありました。ここが東郷公園の入り口なのかなと思ったら、違っていました。こちらは諏訪神社と書かれています。

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諏訪神社なので、御祭神は建御名方命だと思われます。境内は一応整っています。中央にドラム缶がありますが…。右の白い建物は神楽殿ですね。常駐の神官さんはいなさそうですが、ちゃんと管理されている神社に見受けられました。

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そして、東郷公園の入口に到着しました。こちらは秩父御嶽神社と言いまして、通称東郷公園とも呼ばれています。他の神社と違う空気を感じるのは、神社神道ではなくて、教派神道だからかなと思います。地元の農家に生まれた鴨下清八という人が熱い情熱で創り上げた神社です。稀にこういう施設は知る人ぞ知る不思議なワンダーランドと化すのですが、秩父御嶽神社神道の一派として存在しています。師匠からオススメされて伺いましたが、内容が盛り沢山すぎる神社でしたので、個別にレポートさせていただきます。

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山の斜面に創られた神社で、結構キツかったです。というか、ほぼ全ての堂宇を拝観したので、かなりの時間をこの神社内で過ごしてしまいました。まだ先は長いので焦ります。一番奥の本殿の横を抜けると、登山道が現れます。f:id:salicat:20221024053607j:image

次の目的地は吉田山の山頂です。師匠の話でもネットの発信などを見ても、ハイキング程度の印象を持っていましたが、確かに歩きやすい登山道だと思いますが、アップダウンの連続で体力が奪われていきます。すぐに息が上がるので、私にはかなり辛かったです。おそらくはこのルートではなく、不動滝や浅見茶屋のあるルートが人気なのかなと思います。前も後ろも人類の気配が全くありませんでした。

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吉田山445mに到着です。眺望もなく、ピーク感すらありません。登山道の途中という頂上です。

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唯一このように石が積み上げられていました。さすがに登山者の皆さんも、何もなしでは寂しいと感じたのでしょう。私も周囲の崩れた石を積み直してみました。

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直進するとこんな( ↑ )感じ。「絶対に行くな」という強いメッセージを感じます。これがなかったらたぶん直進してしまっていたでしょう。このルートは分岐が難しいです。

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正解はこの看板に書いてありました。ルートが分からなくても、どこかにヒントがあるものです。もちろん地図や方角は必要ですが、足の踏み跡などもヒントになります。

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更に進んでいくと、またメッセージとも取れる木が横たわっています。YAMAPを見ると、右の下り坂が正解でした。真っ直ぐ行ってしまいそうで難しいですね。

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広い場所に到着しました。ここは四差路になっています。地図を見て、周囲を見て、ゆっくり考えます。

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こちらが正解です。広い方が正解とは限らないのが難しいところ。ここまで人類皆無状態でしたが、この先を歩いていると、上の図で言うと斜めの道の奥の方から歩いてくる人を見かけました。音楽をかけながら歩いていたのですが、それがフルートの曲のような感じで、最初は鹿の鳴き声かと思いました。

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こういう山の中の看板って、これがなかったら間違っていたという程に重要なものですが、誰がつけているのでしょう。山の関係者や関係ない人や、思い遣りのある誰かなのでしょうね。デザインも書き方もそれぞれ違っていて個性的です。こういうの、誰でもつけて良いのかな。自分が迷った場所に看板がなかったりしたら、わかるようにしておきたいなんて思いますけど。

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登山道もはっきりしている道もあれば、よくよく見ないとわからない道もあります。私はそんなにマイナーなルートを進まないので、人がたくさん踏んだ跡形が良い目印でした。土や草が踏み固められていると、合っているなと安心します。

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さてここで、道を間違えてしまいました。立ち止まって考えて選んだ道を進んでみたのですが、最初から半信半疑だったので、しばらく歩いたところでGPSを確認すると、全然違う方向に歩いていました。また分岐まで引き返してよくよく見てみると、ありました。

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こんな思い遣りたっぷりの看板を見落とすとは。少し怖い思いもしましたが、基本的には、登山道なのかどうかわからないけど、ちょっと進んでみる、というのが1番危険だと思っています。間違えても登山道にいれば戻れる、と思っています。もちろんその前に、地図と方角はいつでも把握できるようにしておくのが安心です。

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むむ、またもメッセージですね。なんだか「ダークソウル」のようです。このあたりを歩いていると、お寺の鐘の音がゴーンと聞こえてきます。もう近いのでしょうね。たぶん、自由に打って良いのだと思います。脈絡もなく鳴っていました。f:id:salicat:20221025101419j:image

車道に出ました。なんだか、登ってきた道のりを振り返るに、その先に車道があるとがっかりです。ここから少しの間、車道を歩きます。f:id:salicat:20221025101815j:image

教育地蔵尊という石像の横の道から、また短い登山道に入ります。上の方から観光客の声が聞こえていますので、もうすぐそこだなとわかります。

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到着しました。こちらが天台宗別格本山天龍寺、通称「子の権現」です。秩父御嶽神社で全ての堂宇を廻ったせいか、予定よりも大幅に遅れての到着です。到着するだけでかなり疲れてしまいました。標高は低いですが、アップダウンが多くてしんどかったです。

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子の権現の入口の横に阿字山という小さなピークがあるので、行ってみました。真言宗で阿字観という座禅のようなものがありますが、たぶんその阿字です。大日如来を意味しているのですが、山の上に石仏がありました。木々が茂っていて眺望はありませんが、東屋もベンチもあって、ここでお昼ごはんにしました。

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子の権現は個別にレポートさせていただきます。ひと通り拝観して廻りました。日曜日だったので、多くの人で賑わっていました。次の目的地は竹寺です。子の権現を後にしてすぐ、例の白い手に行ってみました。

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異様としか言えません。こちらは一応、子の権現の管轄なのでしょうね。仏の慈悲の手なのでしょうか。何かしら壮大なものをすくい上げる感じがあります。

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さて、竹寺を目指します。子の権現⇔竹寺間は関東ふれあいの道になっていて、ハイキングする方も多いと思いますので、迷うことなくわかりやすいです。

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とはいえ、アップダウンが相変わらずあって、登って下ってを何度か繰り返します。すぐ着くのかなと思っているところへ、登りが続くと結構ダメージを喰らいます。

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こんな真っ直ぐの明るい尾根道だと良いですよね。自分は日常とは全く違う場所にいて、全く違うことをしているという感覚を噛み締めながら進みます。

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神送り場なる場所が現れました。村に疫病など災いがあると、村の境界で儀礼を行って災いが村に及ばないよう祈願するという風習があったそうです。道祖神庚申塔なども同様の意味で、集落の入り口などに建てられたりします。昔は現代ほど移動が楽ではありませんから、地域というかエリアの中と外の区別がはっきりしていたのですね。

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ここは谷になっていて、写真では自動調光されてしまっていますが、実際は光が遮られてすごく暗かったです。暗い谷の奥に向かって道が伸びていて、足がすくむと言いますか、怖かったです。

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そんな道を進んでいると、ついに竹寺に到着しました。こちらも盛り沢山でしたので、個別にレポートします。竹寺を出るとあとはバス停まで下りていくだけ。という予定だったのですが、鐘楼堂へ行く道が別にありました。f:id:salicat:20221027003453j:image

全ての堂宇を廻ったので、撮れ高もありましたし、もう良いかなとも思いましたが、鐘楼だけ行ってないというのもヘタレな話。なんとなくここまで来ると感覚もおかしくなっていて、寄り道とか回り道とかが、苦にならなくなっているというか、麻痺してしまっているようです。迷うより先に動いている感じで、鐘楼堂へ向かう坂を登り始めていました。

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これが、すぐそこの感じで登り始めたので、大変な目に遭ってしまいました。後で見てみると、竹寺から鐘楼堂まではすぐそこではなかったのです。引き返すには登りすぎている、と何度も思いながら、引き返せなくなってしまいました。

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やっと鐘楼堂に到着しました。ここまで登る人もいらっしゃるとは思いますが、誰もいませんでした。私は日頃あまりしないのですが、ここまでの道のりの大変さのために、一発思い切り打たなければ気が済まない状態になり、ゴーンと鐘を打ち鳴らしました。鐘楼堂からの景色はそこそこ良いです。遠くに都会の街並みが見えます。反対側には鳥居観音の施設が見えました( ↑ )。鳥居観音は、秩父御嶽神社と同様に、個人の方が一念発起して創った施設です。鳥居観音の方が不思議なワンダーランド感が強いですね。

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さて、全ての為すべきことはできました。予定を2時間近くオーバーした山行となりましたが、みっちり楽しめました。小殿バス停へ向かいます。鐘楼堂から30分という案内板が出ていました。

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かなり下って来た感覚なのですが、なかなか終わらない山道にイライラしてきます。足も痛くなりすし、ぶつける先の無い怒りを持て余しながら歩いていると、やっと車道が見えました。あぁ、やっと着いたと思いますが、これがまたなかなかこの先も長かった。

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終わらない道はない。ついについにゴールです。お薦めされて軽い気持ちでトライしたコースは、盛りだくさんで楽しかったですが、想像していた以上に大変で、時間もかかって疲れました。

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登山口はこんな感じ。小殿バス停に着くと、若者が次のバスの時間を教えてくれました。爽やかな若者は、私との会話を楽しもうとしてくれていましたが、私は疲れてしまって愛想なかったと思います。申し訳なかったです。若者は私よりも長いコースを踏破してきたとのことで、想像とは違って時間もかかり足の負担もキツかったと、同じような感想を言っていました。西武線飯能駅行きのバスは、途中からすし詰め状態になるほど登山客で混雑しました。一番うしろの隅の席でぎゅうぎゅうに押されながら、次はハイキングレベルにしようと誓い、窓の外を眺めていました。