寺社探訪

寺社探訪とコラム

「戦没者追悼に行く」

戦没者追悼のために靖国神社へ行きました。7月の「みたままつり」には何度も訪れたことがあるのですが、終戦記念日に訪れるのは初めてです。TVニュースなどを見るに、物々しくて尻込みをしてしまいます。かつて崇敬奉賛会に入会していたからか、時々何かしらを奉納しているからかよくわかりませんが、靖国神社から様々な芳志のご案内が届きます。今話題の献金で有名な新興宗教団体のようですが、先月はみたままつりの提灯を献灯しました。みたままつりに行って数万個の提灯の中から自分が献灯した提灯を探してみようと思っていたのですが、あいにく都合がつかず7月は靖国神社を訪れていません。

という訳で、8月15日、終戦記念日靖国神社にやってまいりました。自分の親族に戦争で亡くなった人がいるとは聞いたことないのですが、祖父や大叔父から戦争体験を聞かせてもらっていました。大きな製鉄所に勤めていた祖父は戦地に行くことはなかったそうですが、空襲で大怪我を負いながら幼かった大叔父たちを守り続けたという話をよく聞かされていました。あの時命がけで戦った方々のおかげでこの国があり私が生活できているのだと思っています。A級戦犯を合祀して国会議員が参拝するから、隣国との関係が悪くなると言われていて、A級戦犯を別に祀れば良いという意見が、そのうち国民の大多数を占めそうな気がしています。しかし、別に祀っても、その別の施設に国会議員が参拝すれば、隣国の不満は変わらないと思いますし、靖国参拝は隣国が政治的マウントを取る手段でもあるので、A級戦犯を別にしても、隣国の評価はほぼ変わらず、日本を非難する材料にし続けるのではないかとも思います。

個人的には、それ以前に戦犯という言葉に違和感があります。戦争の勝者が敗者を裁いて犯罪者にして罰を与えるという理屈は理解できます。戦争に負けるとはそういうことなのだと思います。戦犯は敗国の中にしかおらず、核兵器を使って数万人を無差別に殺しても、勝国側は戦犯にはなりません。私が感じる違和感は、同じ敗国の日本人が自国のために戦った日本人を戦犯だと責めることです。様々な考え方があって然るべきなので、個人的な考えを押し付けるつもりはありませんが、そのようなことで、私はなるべく靖国神社を訪れて、戦犯と裁かれた人もそうでない人も等しく戦没者として追悼したいと思っています。

九段下の駅を降りると雰囲気的にマンモス大学の入学式のような感じで、様々な団体の人がビラを手に参拝客を迎えます。中国から台湾・ウイグルを救おう、北朝鮮による拉致被害者を救おう、南の海に撒かれた戦没者の遺骨を取り戻そう、など訴えたり署名を集めたりする方々の他、新興宗教の新聞やビラを配る方が多かったです。中でも富士大石寺顕正会が力入っていて、動員している人数がかなり多かったです。

境内に入ると、ビラ撒きや宣伝が禁止になり、参拝の大集団と共に本殿方向へ進んでいきます。みたままつりより人が多いのではないでしょうか。私が靖国神社の崇敬奉賛会に入った二十年前は、まだ戦争を経験された方が多く存命でしたが、戦後77年になる2022年では、ほとんどの方が戦争を経験していない世代ですね。それでも私のそばに車椅子の老人がいらっしゃって、その手には旭日旗とボロボロの軍帽が握りしめられていました。境内を進んでいると、様々な団体の方がそれぞれの戦没者追悼を行っている様子が見受けられました。軍服を着て軍歌を歌ったり整列して日章旗旭日旗を掲げたり。天皇崇拝や、隣国の批判など、様々です。

神門のあたりで、前へ進む列が完全に止まってしまいました。列から離れて昇殿参拝しようかとも思いましたが、今回はこの大勢の人達に混ざって、拝殿から追悼させていただくのがしっくり来ると思い、そのまま列に並んでいました。並び始めたのが11時30分頃。猛暑日を記録していて、立っているだけでキツいです。前に並んでいる人のシャツの汗染みが、みるみるうちに背中全体に広がっていきます。隣に並んでいた親子連れの子どもたちは、グロッキー寸前で日陰で待つように言われていました。ご老人の中には炎天下並ぶことができずに、離れた場所から遥拝して済ませる人もいました。

少し進むと、武道館で行われている全国戦没者追悼式典の音声が境内のスピーカーから聞こえてきました。最初に君が代が流れて、その後に岸田総理の式辞が聞こえました。雑踏の中、話の内容まではわかりませんが、岸田総理の声だとわかります。式辞が終わり、しばらくすると、ピーンっと、時報がなりました。時計を見ると正午です。おそらく武道館では天皇と雅子皇后が黙祷を捧げているでしょう。靖国神社でも皆さん一様に頭を下げて黙祷を捧げます。蝉の声と発電機の音だけが、喧騒の中に生まれた静寂に響きます。77年の時を遡って、大切な土地、大切な人、誇り、未来を守るために戦って死んだ人たちのことを想います。黙祷の後は、天皇のスピーチが流れて来ました。周囲の喧騒で何を言っているのかわかりませんでしたが、話し方で天皇が話していることがわかりました。話し終えると、周囲の団体の方々から「天皇陛下万歳」の声が各所であがり、「海ゆかば」が聞こえてきました。

炎天下、多くの方々と共に行列に並ぶこと45分、ようやく最前列に辿り着きました。拝殿では昇殿参拝の方々が修祓を受けている様子が見えました。二礼二拍手一礼の作法を行いながら、遊就館に飾られている英霊の写真を思い浮かべました。

参拝を終え、遊就館の入口前の広場で冷たいものを飲みながら休んでいると、「日本はクズなんだよ!」と大声で叫んでいるおじさんがいました。誰も相手にしていませんでしたが、日本はクズだクズだと周囲の人に絡みながら喚いていました。この8月15日の靖国神社参拝は戦没者追悼という域を超えて、様々な思想や活動に結び付けられています。悪い言い方をすると想いが利用されているという感じです。戦争を想い国を想う機会に、世の中のこんな出来事に関心を持ってほしいとか、この思想を理解してほしいとか、この日この場所で行うことの意義は、きっとあるのだろうと思います。この日この場所を日本人としての自分のアイデンティティを確認する場とすることも理解はできますが、それでも私自身は戦没者だけに想いを寄せて、純粋に追悼だけをしたいと思っています。

 

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