寺社探訪

寺社探訪とコラム

芝東照宮

 

 

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芝東照宮 目次

名称・旧社格

芝東照宮と称します。旧社格は郷社です。元々は増上寺境内にあった安国殿という社殿でした。

創建

元和3年(1617年)。家康の遺言によって増上寺内に建てられました。

御祭神

徳川家康

御神徳

勝運の神として名高い。

みどころ

芝公園に隣接していて、緑豊かな立地です。増上寺とセットで拝観して、徳川家の威光に浸るのも良し。

アクセス

東京都港区芝公園4-8-10

都営地下鉄三田線芝公園」下車すぐ

探訪レポート

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当ブログでも頻繁に登場する「三大〇〇」というものがありますが、東照宮は「四大東照宮」という括りになっているそうです。日光東照宮久能山東照宮上野東照宮、そして芝東照宮だそうです。増上寺芝公園がある一角に立地していますので、四大東照宮の中で最も都心部にありますが、見た目的には他の東照宮のようにきらびやかではありません。日比谷通りに面して「東照宮」という石碑が建っていて、少し入ると狛犬がいます。

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更に参道を進んでいくと、鳥居があります。しかし、参道の両側が月極駐車場になっていて、何となく風情がありません。経済的には貸せる土地を駐車場として貸すことは、運営上仕方がないのかなとも思います。コンクリート製の味気ない鳥居ですが、扁額には「東照宮 家達」と書かれていました。ちなみに徳川家達は何代将軍でしょうか?

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正解は、徳川家達は将軍ではなく、15代将軍の徳川慶喜が隠退謹慎後、徳川宗家を16代目として継いだ人です。慶喜の後を継ぐなんて茨の道だったのでは? と思われますが、実際には「16代様」と呼ばれ、明治から昭和初期にかけて代表的な政治家として活躍しました。

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こちらは手水舎です。水は流れていませんでした。境内は日比谷通りから一本道になっていて、突き当りが拝殿になっています。そもそも徳川家康が還暦を迎えた記念に、自らの寿像を作らせました。そして、家康は自分の死後、増上寺境内に社殿を建造して、この「寿像」を祀るように遺言しました。そうして1617年に竣工した社殿を、家康の戒名にちなんで「安国殿」と名付けました。ところで、家康は死後、権現様になって祀られたはずで、それこそ名前は「東照大権現」様なのですが、別に仏教的な戒名もちゃんとあります。「安国院殿徳蓮社崇誉道和大居士」という、現代なら数千万円はお布施が必要と思われる戒名です。そういえば現在の増上寺の大殿の隣りにある、黒本尊が安置されている建物も安国殿という名前ですが、この安国殿と、芝東照宮の元となった安国殿は別物です。

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境内は階段を上がりながら奥へ進んでいく構造になっていますが、最上段に拝殿と社務所があります。社務所は常に人がいるのかどうかわかりませんが、訪問時(春の平日の午後)は人がいて、御朱印などにも応じているようでした。

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こんな感じの段々の一直線の境内です。明治維新までは増上寺境内社でしたが、明治維新による神仏分離令芝東照宮として独立します。戦時下の東京大空襲で社殿を消失し、現在の社殿は昭和44年の建築とのことです。

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拝殿は朱塗りで美しいのですが、やはり、東照宮には金ピカに輝く飾りと、極彩色の塗というイメージがあります。そういう点では東照宮っぽくないのですが、立地が良いのでお参りの方が結構いらっしゃいます。

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芝東照宮メインで訪れても、時間を持て余してしまうと思いますが、周辺に芝公園増上寺、東京タワーがあり、芝大神宮も近いです。ちなみに社宝で御神体でもある家康の寿像は、空襲も生き抜いて、現存しています。東京都の文化財に指定されていて、東京江戸博物館に複製が展示されています。