寺社探訪

寺社探訪とコラム

コラム「新興宗教の子ども」

我が生は 下手な植木師らに あまりに夙く手を入れられた悲しさよ

と詩ったのは中原中也ですが、私にもこのフレーズがしっくりくる、ある思いがあります。以前どこかで書きましたが、私の両親は新興宗教の信者で、兄弟は皆、物心つく前からその宗教に入信しています。排他的な新興宗教なので、子供の頃から神社のお祭りや教会のイベントに行ってはいけない、などの家庭内ルールがありました。逆に、毎日仏壇の前に座って読経したり、日曜日に会合に参加したりと、しなくてはならないことも多かったです。

この宗派の信仰対象は日蓮で、日蓮の教えや生涯について勉強して、宗派が実施する教学試験も受けました。毎日のお勤めをサボって親に怒られることもありましたが、親の導く道を受け入れて取り組んでいました。両親は人生の難局に差し掛かり、この宗教に出会い没頭することで、支えられ難局を乗り越えられたのだと思う。私にはそんな宗教的成功体験がないので、他の友達とは違う自分の家の宗教が本当は嫌いでした。それでも両親が最も大切に信じているものを否定することはできませんでした。

ここ、新興宗教の信者さんに知ってもらいたい。喜んで参加しているように見える子どもでも、実は親に逆らいたくなくて、我慢していることもあるのです。さらに、親が悪意なく良かれと思って宗教活動をさせていることを、子どもはちゃんと理解しています。だから、宗教的成功体験がなくても、親の手前、ちゃんと取り組みます。試験勉強をしたり、地域の子どもの代表に選ばれたりして、親を喜ばせたいと思うのです。

子どもから少年、少年から青年への成長期、宗教活動は私の生活の一部となっていて、心と脳に染み込んでいきます。私の場合、今となっては、この染み込み方が歪(いびつ)なものになっていた気がします。やっぱり、心の底では、一般の宗教とは違う強いベクトルの信仰を嫌だと思っているんです。でも、そんな嫌だと思う気持ちは心の奥底に錘をつけて沈めてしまっています。将来、受験をして目指す高校に行かせてほしい。目指す大学に行かせてほしい。塾にも行かせてもらいたい。そのためには両親に認められていなければなりません。この宗派以外の宗教は全て悪だという教えを学んで、親と同じように、他の宗派を邪宗と呼んでいました。両親は特に浄土真宗系の念仏を嫌っていたので、「一枚だぁ、二枚だぁ、なんまいだぁー」と馬鹿にして両親を喜ばせました。両親が自分の宗派の指導者を、世界で最も偉大な大先生だと心酔していることは知っているので、そこだけは決して軽はずみな発言で疎かにしてはいけない絶対領域として認識していました。理想の二世会員を演じているのか、本当にそう思いたいのか、意識していませんでした。やるべきことをやっていた感じです。

大学生になり、一人暮らしを始めた頃、私は一切の宗教活動をやめました。やっているフリをする必要がなくなった、という方が正確だろうか。それでも親の扶養で生きていたので、宗派に在籍したままでした。私の6畳ひと間のアパートには仏壇があって、宗派から私専用にいただいた本尊を安置していました。4年間一度も扉を開けられることなく、一度も手を合わせられることのない仏壇でした。両親と宗派から解放された私は、初詣に行ったり、神社の夏祭りに行ったりしました。そこには解放感と共に、罪悪感がありました。この宗派に所属している私は、毎日仏壇の前で読経しなくてはいけない。日曜日に会合に参加しなければならない。友人知人をこの宗派に勧誘して、世界中の人類を幸せにしなくてはならない。なのに、それをしていない、という罪悪感。

大学を卒業した私は、大手と言われる金融機関に就職して、中国地方のある都市に配属されました。会社が社宅として借りてくれたマンションの一室に住んでいましたが、その部屋にも私の仏壇がありました。そして、就職して半年経った時、ついに両親に宗派を脱会することを告げました。もちろん両親は反対し、さまざまに私を説得しましたが、私は両親の言うことを聞き入れず、脱会しました。これまで両親の思う通り在籍したんだから、ここからは私の思う通り脱会させてもらう、という気持ちでした。2才で入信した私は、23才で脱会することになりました。本尊を宗派の支部拠点に返却し、仏壇をバラして粗大ゴミで捨てました。父親には「お前は家族から離れることになるが、自分でしたことだから仕方ないぞ」と言われました。

私の兄弟は、そもそも私のように宗派の勉強をしたり、リーダーになって活動したりしていませんでした。ずっと何もせず幽霊部員のように所属し続け、結婚して家庭を持っても家族を勧誘することもなく、家に仏壇を置くこともなく、宗派と全く繋がりを絶っていて、現在でも所属し続けています。

その宗派は、私が辞めた後、宗門と喧嘩別れをして、寺院のない僧のいない宗教団体となりました。元々、排他的で相手を攻撃しながら指導者についていくタイプの新興宗教なので、私の両親も盲目的に崇拝する指導者を選んでいました。父は原因不明の難病で亡くなったのですが、亡くなる前に「どうして真面目に信心一筋にやってきた自分が、こんな病気になるんだ?」とベッドの上で嘆いていました。父は本当に熱心に宗派を信じ、人生の全てのように取り組んでいました。父を少し、可哀想に思いました。

私は宗教を嫌いにはなりませんでした。むしろ、親に背く限りは親よりもちゃんと理解して背かないといけないし、邪宗が本当に邪宗なのかを知るためには、その中身を学び見つめたいと思いました。宗教に関しては、学生の頃から、幅広い知識と偏りのない感覚を身につけたいと努力しました。

薬王院護摩供を受けても、靖国神社の崇敬奉賛会に加入しても、私が心の奥で畏れを抱いているのは、残念だし嫌なのですが、今でも、あの宗派の指導者なのです。自分ではどうにもできない運命を動かしたい時、私の心が縋ろうとするのは、飯綱権現でも、行基でも恵心僧都でもなく、両親が崇拝する大先生なのです。ああ、まったく……。これを聞いたら、私の両親は、泣いて喜んでくれるだろうか。