寺社探訪

寺社探訪とコラム

真言宗智山派 薬王院

絶大な人気を集めるお出かけスポット、ミシュラン三つ星の観光地、高尾山にある薬王院です。京王線高尾山口駅を降り、風情あるお土産屋や蕎麦屋のある通りを抜けると、ケーブルとリフトの駅があります。この距離が絶妙で、味気ないという程短くもなく、疲れるという程長くもない。ケーブル、リフト、どちらに乗ってもそれほど到着地は変わらないです。全部歩いたとしても薬王院まで1時間程ですので、体力に自信がなくても大丈夫と思います。ただ、かなりの急坂なので、ご年配の方は足腰しっかりしていないと辛いかも。

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六根清浄(ろっこんしょうじょう)とは、眼、耳、鼻、舌、身の五感に、第六感である意を合わせた六根を清らかにすることです。この柱に付いている車輪のようなものを回すと、そこに書かれた部分(写真だと眼)が浄化されるんだと思います。これが高尾山のあちこちにあって、六根全部探してクリアするアトラクションのようになっています。私が訪れたのが日曜日で、親子連れの観光客がたくさんいました。子供たちが大きな声で「ろっこんしょーじょー、ろっこんしょーじょー」と言いながらクルクル回す姿がそこかしこで見られました。

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山中はとにかく立派な杉が沢山あります。 写真の杉は「たこ杉」といい、根がタコの足のように見えるからだと思います。この他にも大きな杉はしめ縄が張られて信仰の対象となっていますが、そうでない杉でも立派な木が沢山あります。都心に近い山なので、人がこの森林を守っていこうと努め続けないと、無くなってしまうかもしれません。薬王院では、人々からの様々な祈願を受け、その祈願が叶ったら杉の苗で恩返ししてくださいと伝えています。これって素晴らしいですよね。山道には杉苗奉納された方の芳名が掲示されています。

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薬王院山道の入口にある浄心門を通過します。「霊気満山 薬王院 」というのは、「元気ハツラツ オロナミンC」みたいな宣伝用のキャッチフレーズだと思うのですが、扁額に書いてありますね。確かに都心から2時間ほどでこの森林浴を味わえるのは素晴らしいです。といっても、至れり尽くせりの観光地ですから、道は舗装されていますし、登山というほどではないのですが…。

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浄心門を入ってすぐ左に 神変堂があります。薬王院は武蔵御嶽神社と同じで、神仏習合修験道という、私の好きなパターンです。修験道の開祖である役小角は、飛鳥時代の生まれで実在の人物なのですが、仙人や妖術使いのような伝説に塗れています。役小角の没後1100年の遠忌に光格天皇から神変大菩薩という諡を贈られたことにちなみ、神変堂という名前になっています。

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 権現というのは、神仏習合の神で、大抵は仰々しい見た目をしています。中でも飯縄権現はかなりぶっ飛んでます。私見ですが、神も仏も信仰する日本人にとって、その両方が合体した存在は鬼に金棒的な感覚です。しかも質素で薄衣の如来と違い、やたら派手で仰々しい権現の外見は、その強大な力が表現されているように感じられます。

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108段の階段を上ることで、煩悩を打ち消すことができるかどうかはわかりませんが、そのつもりで階段を上がります。階段(男坂)が苦手な方は、ぐるっと回る別ルート (女坂)で上に上がれます。私はいつも階段を上がりますが、1、2、3、と数えてしまいます。ぴったり108になったら、煩悩も解き放たれる爽快な気持になります。

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 階段を上るとすぐ右側に苦抜け門というのがあります。三密の道となっていますが、小池都知事は関係ないです。階段終わってまた階段というのが大変だと思う方は、帰りに下る作戦も使えます。

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抜け門から三密の道を上った場所には、仏舎利塔があります。こちらは、タイ王国から贈られた仏舎利が安置されているそうです。仏舎利ってお釈迦様の遺骨という意味ですけど、本当に本物なの? という疑問は持たないようにします。どうであろうがこんな塔を建立して、柵を作って丁重に丁重に守られているというのは真実です。

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仏舎利塔の作りも 東南アジアっぽいですよね。特に屋根の部分。日本にある仏塔は、法隆寺五重塔のような多宝塔型のものが多いです。お墓にも十重以上の石塔がよく建っています。仏舎利塔の周りには、戦没者の供養碑などがいくつか建っています。あまり立ち寄る人がいないみたいで、静かな空間です。

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 この日は本当に大勢の観光客がいて賑わっていました。たまたま前に誰もいなくなったので参道を写してみました。こんな風に舗装された山道ですから、スニーカーでも大丈夫です。中には本格的な重装備の方もいらっしゃいます。それぞれの方法で山を楽しんでいただければ良いと思います。

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 山門に到着しました。こちらは四天王門になっています。最初の浄心門から本堂、本社と上がるのにいくつかの門を通過しますが、この山門が一番立派で趣があります。

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 山門を入るとすぐに高尾山の象徴、天狗が迎えてくれます。天狗には二種類あって、鼻高タイプの大天狗とカラスタイプの小天狗。高尾山ではこの2タイプで1対になっているようです。2005年の建立で新しいですが、立派な造りです。

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斜面には参拝者さんが建てた様々な碑がありました。武蔵御嶽神社にもありましたが、〇〇講などの団体参拝の記念に建てるようです。御嶽神社も高尾山も、信仰を集める範囲が広くて、関東一円から参拝に来られる方がいらっしゃいます。 

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こちらは願叶輪潜(ねがいかなうわくぐり)です。茅の輪潜りと同じ感覚なんだと思いますが、こちらの方が少しアトラクション要素が強くて、輪を潜った奥に大きな錫杖があり、それをシャンシャンと鳴らすというものです。これは参拝客にも人気で、行列ができていました。

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この金ピカなのは八大龍王です。 世界にはたくさんの龍族がいると考えられていて、八部衆というものに属している龍族の王で、仏教の守護神と言われています。八大龍王というからには八王いて、それぞれ別個の姿かたちに名前や由緒があるのですが、八大龍王としてまとめて1体の像にしてお祀りしている場合もあります。像でもなく、ただ三角のそれっぽい岩にしめ縄かけて、というのも多く見られます。龍ですから、雨を降らせる水の神としてお祀りされることが多いですが、高尾山では、天地の中で活動する生命の根源として祀っていて、置いてあるザルに硬貨や紙幣を入れ蓮台の下の水で洗い清め、そのお金を資本に家業に励むようにと書かれてあります。

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修行大師といい、修行中の弘法大師を祀っています。苦行中のブッダの像はいろいろな寺で見たことがありますが、修行中の空海を祀っているのは見かけないので調べてみると、それほど珍しくないということがわかりました。修行中ということで、学業成就、志望校合格といった祈願に良いそうです。お堂の前のタコの置物を持ち上げて祈願して置くと、ご利益が得られるそうです。「置くとパス」だそうです。はぁ?

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 山の上にあるお寺なので、階段が多いです。ここまでは、なんとなくアトラクション要素もある諸堂や、御朱印護摩供の受付やお土産的なものもありましたが、この階段を上るといよいよ本堂になります。朱塗りの仁王門には仁王像と大天狗小天狗がいました。

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 本堂には薬師如来飯縄権現が本尊として安置されています。武蔵御嶽神社の回でも書きましたが、神仏習合の時代、つまり明治維新までは、御嶽神社蔵王権現と呼ばれたように、薬王院飯縄権現と呼ばれて親しまれていました。明治維新で権現を祀る神社や寺院は取り壊されたり本尊や主祭神を違うものにしたりしてきたのですが、この薬王院真言密教の寺院として、飯縄権現不動明王の化身であると祀り続けました。それが可能だったのは、やはり薬王院は寺院としても観光地としても、人々にとって大切な存在だったのだと思います。この日も大勢の方が並んでお参りをしていました。

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高尾山の開祖は以前も紹介しました、稀代の英雄、行基です。 聖武天皇の勅命で、744年に、東国鎮護のために開山されました。永和年間(1375〜1379)に醍醐寺の俊源が飯縄権現を守護神として持ち込み、本格的に修験道の道場として山岳信仰の拠点となります。

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 鐘楼堂は、火の見櫓のようになっています。こちらは昭和49年の完成です。1631年の古鐘が隣に展示されていました。台風で建て直したみたいですが、結構絶壁に建っているので上にあがったら怖いでしょうね。手前の朱塗のお堂は愛染明王を祀っています。良縁成就、寿福長生というご利益で縁結びに良いと言われていますが、皆様は愛染明王の顔を知っていますか? 不動明王とほぼ同じで憤怒の形相をしています。容姿のことをいうのはいけないことですが、この顔で縁結びとか…。

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 和合歓喜天を祀っています。除災招福、家庭和合の御利益があるそうです。歓喜天秘仏であることが多いのですが、薬王院では、言えば見せてくれるそうです。秘仏にしているということは、象頭人身が抱き合った姿の像なのだと思います。なんでこんな形相になったのかは複雑すぎて理解できません。そもそもがヒンドゥ教の神だからですかねぇ。

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こちらは修行を終えた 大師堂です。古い様式の貴重な建築とのことで、東京都の文化財に指定されています。それを知ってか知らずか、子どもが「ろっこんしょーじょー」とやっています。この大師堂の周りには、四国八十八ヶ所の寺院の名前と本尊の分身と、実際に薬王院の先代貫主が四国を訪れて集めたとされる砂が置かれています。その砂を踏みながら、大師堂の周囲を歩くと、お遍路のご利益を得られるというもの。以前、何かのテレビ番組で、老人ホームに八十八箇所の砂を敷いてお遍路するというのを見ましたが、高尾山大師堂のお遍路は簡単すぎますね。東京の方なら、四国八十八ヶ所多摩地域に置き換えた、多摩八十八箇所というものがありますので、チャレンジしてみてはいかがでしょうか。

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 本堂の隣に撫で木の奉納場所があります。1本200円の板に名前と治して欲しい体の部分を記入して置いておくと、薬王院護摩イベントの際に祈願し、お焚き上げされるというもの。3月の火渡り祭か、6月か12月の大護摩供の法要かになると書いていたはず。火渡り祭というのは、盛大に火を焚きまくってその上を渡るという荒業で、申し込めば一般の人も参加できます。病気にかかっている人は、撫で木で患部をさすると効果的面だそうです。

f:id:salicat:20210530214510j:plain結構賑わっていて、写真を撮るタイミングが難しい。 お守りやお札や念珠が、各種用途に合わせて売っています。あまりにもたくさんあるので、どれを買って良いかわかりません。

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〇〇童子という小さな像が山内のあらゆる所にたくさんあります。崖の中にもある。

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本堂のあるエリアから更に上へと階段で上がります 。そこには神社丸出しの朱塗の鳥居があります。この上は神社になっているんだな、と思いますが、これ、神仏分離令をどうやって切り抜けたんでしょうね。

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本社と呼んでいる時点で神社なのですが、こちらは飯縄権現堂という名前が付いています。こういう社殿は権現造りといって、寺でも神社でも良くあるパターン。好んでごちゃ混ぜにしていたものを神仏分離令で無理矢理神社と寺に分けたから、どちらでも見られるんですね。欄間というのか、屋根の下の部分の彫刻が美しいです。賽銭箱が青銅なのもいい味出しています。こちらは本堂と違って扉が閉められており、誰も出入りしていない感じでした。

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やはりここにも稲荷神社。朱塗の鳥居ではありませんね。お狐様はうじゃうじゃいましたが。

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飯縄権現堂の壁の彫刻と彩色が素晴らしいです。多分絵巻風になっているから、見れば少しは理解できるかと期待しましたが、私には何のことだかわかりませんでした。

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更に上がった奥の院は不動堂です。コンパクトで精密に出来上がっています。山頂に向かう道の途中にあり、豪華な飯縄権現堂の後なので、山頂に向かう気持ちを引き止めるほどの魅力を放っていません。もう、高尾山の尾根なので山岳修行の拠点になるのですね。仏舎利塔があった辺りも、山岳修行の拠点だから一般の立ち入りは禁止となっていましたが、不動堂も同じ感じです。不動明王像が安置されているはずなので、お参りできなくても拝観できたら良いのになと感じました。

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不動堂のすぐ裏に、狭い土地に無理矢理造りました感のある浅間社があります。私が伺った時は、小学校低学年ほどの女の子が、親の探す声も耳に入らないほど熱心に手を合わせていました。神社なので柏手パンパンなんだけど、 そんなことは関係ないほど本物の祈りを捧げていました。ここは、浅間神社なので富士山に対する信仰心で建てられました。高尾山から富士山を遥拝することができるので、富士山へ行きたいけどいろんな理由で行けない人などが、代わりに高尾山に登り富士山を遥拝し、この浅間社に参ったというわけですかね。

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高尾山は、アクセスが抜群に良くて、水道もトイレも山頂まで配備されていて、温泉もバイキングも、夏はビアガーデンまで。こんな至れり尽くせりの観光地が、修験道の静謐で厳しい修行の世界と、両立していけるのか心配になりました。どちらの良さも残して欲しいし、どちらの魅力も増していって欲しいです。 

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 今回私が一番気に入ったのがこちら。とんとん地蔵尊というらしいのですが、調べてみるときちんとしたお話と理由があってここに建っているのですが、この表現できない表情が、なんとも…。

 

名称高尾山薬王院 有喜寺

住所:東京都八王子市高尾町2177

創建天平16年 (744年)

開期行基 (聖武天皇 勅命)

中興:俊源

宗派真言宗智山派

寺格大本山

本尊薬師如来 飯縄権現

メモ:三ツ星観光地、高尾山にある寺院